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英語教育

墨塗り英語教科書と
戦後の教材・題材史

和歌山大学教授 江利川春雄
Erikawa Haruo
   
「英語教育」2006年12月号(大修館)→ 目次はこちら 定期購読はこちら
From "The English Teachers' Magazine" December 2006 Vol. 55 No. 11 (Taishukan)

1947(昭和22)年4月、すべての子どもに外国語学習の機会を保障する画期的な学校制度が誕生した。新制中学校である。それが来年春で60歳の還暦を迎える。節目にあたって、教科書の題材(トピック)に焦点を当てながら、戦後英語教育の歩みを振り返ってみよう。

墨塗りされた準国定の『英語』(1944年刊)

図1 墨塗りされた準国定の『英語』(1944年刊)

「墨塗り」からの出発

1945年夏の敗戦にともなって軍隊は解体され、秋から冬にかけて教室でも「墨塗り」による教科書の武装解除が進められた(図1)。英語の時間にも、「教師の指示にしたがって不都合なページに墨を塗り、その部分を自宅で切り取って提出した」(松村幹男・広島大名誉教授談)といった事例が少なくない。「墨塗り」といっても、実際には削除の方法や対象は多種多様である(磯辺・江利川2006)。削除された文例をみてみよう。

My parents always say that all Japanese boys are to become brave and strong soldiers in future. So I will try to do my best to train myself through military training.(中学校1年用)

Our country, Nippon, is in Asia, and is the strongest in the world.(中略)Our language will be used more and more in the Greater East Asia.(高等女学校2年用)

“the Greater East Asia”とは、日本が支配しようとした「大東亜共栄圏」のことである。削除・修正の対象が教材の中の「題材」に関する部分であるのは、題材こそが国家や社会が期待する人間像に深くかかわるからである。教え子がイラクのような戦場に送り出されるいま、戦後英語教育の開始にあたっては、どんな教材に墨が塗られたのかを思い起こしたい。ただし、「墨ぬり」の目的は戦争への真摯な反省からではない。「進駐してくる米軍の目から、教科書のなかの軍国主義的なところを事前に隠してしまおうというのがねらい」(久保田藤麿・当時文部省青少年教育課長)だったという。過去の教育内容に対する反省の弱さを、戦後英語教育は出発点から抱えていた。これが、後々まで尾を引くことになる。

1946年度には、戦時版の軍国主義や国家神道などに関する題材が削除・改訂され、1年限りの「暫定教科書」として刊行された。『英語3』の英作文教材を例にみると、戦時版にあった「お友達と一しょに靖国神社に参拝しました」が「上野公園に行きました」に変えられている。まだA級戦犯は合祀されていなかったが、靖国神社参拝は教育にふさわしくないと判断されていたのである。

アメリカへのあこがれ

1947年度には、新制中学校の発足に間に合せるべく、文部省がLet's Learn English を刊行した。アメリカ人の男女が一緒に歩く表紙は「男女共学」の新時代を象徴していた。翌1948年に出たJack and Betty の表紙では、男女が手まで握っている(図2)。やがてフォークダンスが運動会の定番となる。学校の民主化は、米軍のジープと「オクラホマ・ミキサー」に乗ってやってきた。あのダンスは恥ずかしかった。坊主頭の少年には、ちょうちんブルマの少女がまぶしすぎた。

Let's Learn English と Jack and Betty

図2 Let's Learn English と Jack and Betty

1949年度からは民間の検定教科書時代に入る。2006年度分までの中学校外国語用だけで149種類もあるため、本稿の考察では採択率の高い教科書を優先したい。採択率は1963年度の中学用ではJack and Betty の開隆堂が64.8%と、2位の三省堂22.8%を大きく引き離し、1978年度の44.5%まで首位を守っていた。1967年度に登場した東京書籍のNew Horizon は1981年度に首位を奪う。

Jack and Betty はアメリカ中産階級の日常生活を描くことに徹した親米教科書として有名だが、それは時代の反映でもあった。1949年5月に実施された時事通信社の世論調査によれば、日本人が「もっとも好きな国」はアメリカが断トツの62%で、2位のイギリスは4%でしかない。逆に、「もっとも嫌いな国」はソ連の53%で、アメリカ「嫌い」はたった1%だった。「冷戦」体制に日本人の意識もスッポリはまっていたわけだ。もっとも、アメリカの対日占領政策も巧妙で、いまの対イラク政策とは大違いだった。

教材には、「どんな次世代を育てるか」という思いが込められている。Jack and Betty の初版をみると、Jack の父親は自動車会社の技術者だった。汗と油にまみれて物作りに励むことが、戦後復興期の理想像だったのである。ところが、『経済白書』が「もはや戦後ではない」と宣言した1956年版では、父親はソファーに座って優雅にパイプをくゆらせている。給料が上がったのだろう。後継のNew Prince(1966年度版)になると、主人公の Roy は父親の職業である医者志望で、あこがれの階層が上昇している。New Horizon(1972年度版)をみても、これまた主人公 Mike は父親と同じ医者志望。これでは、子どもが塾に行くはずだ。


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「英語教育」2006年12月号



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【特集】日本人はどんな英語を学んできたか
    ―教科書の定番教材から見て―

戦後、日本人はどのような教材で英語を学んできたのか。そこにはどんな英語観が見られるか。代表的な教科書・教材を、テーマ別、第1課比べなど、様々な視点から読み直すと――

墨塗り英語教科書と戦後の教材・題材史
江利川春雄
代々の「第1課」読み比べ:
This is a pen.〜Hello!〜そして
青木昭六
いちばん変わったのは女性の役割と地位:
中学教科書が映すジェンダー政策の変遷
高橋美由紀
永遠のジャック&ベティ:
会話教材をめぐって
佐藤惠一
教科書が描いてきた「世界」は…:
人権・地球環境・平和ってどれくらい定番?
室井美稚子
教科書の中の「偉人」列伝
東川直樹
昔の英語教科書から何が見えるか
斎藤兆史
教室で教材をこう活かす:教科書に出ていないことをどう調べ、どう活かすか
山本良一
[資料]〈学習指導要領の変遷と教材の変化〉対照年表
磯辺ゆかり
[アンケート]「心に残る教材は?/こんな教材を!」
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■英語教育時評
■パソコン教室に学習サイトを作ろう[最終回]
■イギリスで見た日本人児童の英語習得
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◆<巻頭エッセイ>American Sports Diary
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◆映画から読み解くアメリカ
◆今月の時事英語[若者ことば編]
◆テーマ別ネイティヴの表現


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海外留学は進学の1つの選択肢となりつつある昨今、留学をめぐるトラブルも増えている。18年間、留学カウンセラーとして留学を希望する親子の相談に乗ってきた筆者が、どんな留学が失敗するのか、どのように準備しどこに気をつければ成功するのかについて、具体的なアドバイスを提示する。まず親の意識を変えることで留学は変わる!

はじめに

本書を読むための留学基礎用語

第1章 この20年で留学事情はこんなに変わった
第2章 こんな理由で留学させてはいけない
第3章 「成功する」留学先を選ぶために
第4章 留学先の情報収集には、絶対手抜きをしない
第5章 子どもの留学中に親がしてはならないこと
第6章 どんな子どもが留学先で嫌われるのか
第7章 ただ今、「親子留学」が急増中
第8章 低年齢児が行くサマースクールの実態
第9章 「成功する」留学に必要な親子の絆

おわりに

巻末付録
 [1]留学情報収集に役立つサイト一覧
 [2]ホームステイ先に書く手紙の文例

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