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ネイティブ教師向け
英語の「差」を考える:
社会言語学再入門
椙山女学園大学名誉教授 田中幸子
Tanaka Sachiko
「英語教育」 2006年9月号(大修館)→ 目次はこちら 定期購読はこちら
From "The English Teachers' Magazine" September 2006 Vol.
55 No. 7 (Taishukan)
Does the Queen speak the Queen's English?
これは、オーストラリア・マカリー大学の3人の学者が、30年にわたるエリザベス女王のクリスマス・メッセージ(1950s-1980s)をフォルマント分析し、科学雑誌 Nature(Vol. 408, December, 2000)に報告した記事の題である。
研究者たちは、例えば hid の母音を以前よりずっと強く発音するというように、女王の母音の発音は1980年代の standard southern-British (SSB)に近づいているという結論に達した。このような発音は若者や社会的に低い階層に典型的にみられるので、女王の発音は「下から上」の階層へと広まった変化の例といえる。この現象は、非標準形がむしろ好ましいと感じる潜在的な威信(covert prestige)の反映で、より標準形へと変化を導く顕在的な威信(overt prestige)に対する概念である。
最近ロンドン近郊のテムズ川支流域で「未来の RP」とも称される Estuary English (EE) と呼ばれるなまりが広く使われているようだが、これも「下から上へ」の変化の例といえよう(詳細は http://www.phon.ucl.ac.uk を参照されたい)。
She like him very much.
次に、動詞の語尾や多重否定などの文法項目についても、非標準形の使用頻度と社会経済階層との相関関係が指摘された。
例えば、英国アングリア地方のノリッジの住民と米国デトロイトの黒人層における言語調査の結果、3人称単数現在動詞語尾の -s のつかない比率について、いずれの都市においても、中産階級と労働者階級の言語使用には、発音の差以上に明確な差が存在すると報告された(トラッドギル、1975:41;ロメイン1997:91参照)。
今日、英語が国際共通語として広く使われる中で、多様な英語の変種(Englishes)を耳にしたり、小説や映画のなかで非標準的な文に接する機会が多いが、教師はただ「間違いだ」というのではなく、誰がいつ、どのような場で使っているか、生徒にも考えさせたい。
Why can't a woman behave like a man?
これは、Pygmalion(1916)に基づいて映画化された My Fair Lady(1964)のなかで、音声学者の Higgins 教授が「男は理性的で正直で公正なのに、女は…」と嘆く場面で歌われ、典型的な男性観・女性観をうつす1節である。
米国の Robin Lakoff は女性語研究の先駆的な論文 'Language and Woman's Place'(1973)において、男性(すなわち、社会一般)が、女性にジェンダーとして社会的・文化的に低い役割を押しつけてきたために、女性は弱者としてのことば(例えば、you know、 sort of などの垣根ことばや tag questions の多用、肯定文に上昇イントネーションを多用する)を身につけた、と主張した。さらに、master / mistress、 doctor / woman doctor などの対の表現に隠されている女性差別表現を変えることにより、男女間の不平等を解消すべきだとした。
その後の女性解放運動などの働きかけもあって、女性や社会的弱者に対する差別表現や職業名は英語・日本語ともに改善されてはきたが、女性のジェンダー役割の不平等は解消されたであろうか。
My mama dead.
以下は The Color Purple (Alice Walker, 1982:3)の主人公 Celie のことばである。
My mama dead. She die screaming and cussing. She scream at me... By time I git back from the well, the water be warm... He don't say nothing.
ここには、連結動詞は使わないが恒常的な状態を意図するときには原形の be を使う、動詞の語尾の欠如、多重否定、/e/ と /i/ の交代など、いわゆる「黒人英語」の特徴が多くみられる。
このような黒人特有の変種(ethnic variety)は、Black English、 Ebonics、 African American Vernacular English(AAVE)など、さまざまな名前で呼ばれてきたが、すべての黒人がこの変種を常に話すわけではない。米国の人口の約12%を占める黒人の多くは、属性、教育・経済レベル、対話の状況、自己表現意識など複雑な要因に応じて、より標準に近い変種から Celie に近い話し方まで使い分ける。問題は、このような変種しかもっていない人の場合で、教育や職業の選択の幅が非常に狭くなる、ということである。
米国の黒人の歴史は1619年、20人の黒人がオランダ船によって開拓後間もない Jamestown に運ばれてきたことに始まる。その後数百年にわたり、居住地域・学校・職場などにおいて、他のグループとの接触が制限されてきたので、黒人特有の ethnic variety が保持されたといえよう。
おわりに
言語は、時間軸・地理軸・社会軸において、A と B の距離が遠ければ遠いほど、接触が少なければ少ないほど異なるといえる。海・山・川などの地理的障害物と同じように、社会階層・人種・宗教などの違いが人と人の接触の障害となり、言語差が生じるのである。しかし、異なる言語体系そのものは平等であり、優劣をつけるのは社会であること、さらにその体系(発音・語彙・文法など)も常に変化の過程にあることは生徒に伝えてほしい。
さらに、私たちのほとんどは複数のコード(日本語・英語などの異なる言語、同一言語内の変種、改まった話し方・くだけた話し方など、一定の体系をもつ言語形式)をもち、それらを使い分ける能力をもっているので、多くのコードをもてばもつほど多様な状況に適した話し方・対応の仕方が可能となり、「自分らしさ」を発揮するのに役立つということをつけ加えたい。
◆お奨め文献
1.Labov, William (1966) The Social Stratification of English in New York City. Center for Applied Linguistics.(階層と言語の初期の研究.)
2.Romaine, Suzanne (1994) Language in Society. OUP[土田・高橋訳『社会のなかの言語』、1997、三省堂].(原著は第2版(2000)を薦めたい.)
3.真田信治(編)(2006)『社会言語学の展望』くろしお出版.(各章末の参考文献も多く、特に日本語の研究に詳しい.)
4.Trudgill, Peter (1974) Sociolinguistics. Penguin Books [土田滋訳『言語と社会』、1975、岩波新書].(社会言語学研究初期の入門書である.)
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