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英語の「差」を考える:
社会言語学再入門


椙山女学園大学名誉教授 田中幸子 
Tanaka Sachiko
   
「英語教育」2006年9月号(大修館)→ 目次はこちら 定期購読はこちら
From "The English Teachers' Magazine" September 2006 Vol. 55 No. 7 (Taishukan)

「社会言語学」とは

社会言語学という分野は、特に米国において1950年代後半に意識されはじめた。Chomsky が「理想的な話者」を提唱し、言語学は 'an ideal speaker-listener, in a completely homo-geneous speech community'(1965:3) のもつ言語能力(competence)を主に研究すべきだとしたことに対し、「理想的な話し手・聞き手」とは誰を指すのか、「完全に均質な言語社会」など存在しないではないか、多様な人びとが社会で実際に使う言語運用(performance)こそ研究されるべきである、という主張をしたのが社会言語学者たちであり、今もこれを基本的な立場とする。

この、人が日常生活で使う言語の多様性は、決して恣意的なものではなく、普遍的で一般化できる、言語以外の社会的特性と関係がある。どの言語特徴がどの社会的特性と相関関係があるか、その頻度と理由などについて、客観的な方法を用いて明らかにしようとする研究を、社会言語学と呼ぶことができる。

社会言語学で扱われる分野は多岐にわたり、限られた紙面で網羅することは不可能であるが、『応用言語学事典』(2003、研究社)では、(1)言語によるバラエティ(地域・民族・社会階層・ジェンダーによるバラエティ、社会的立場、言語と社会的不平等)、(2)言語の使用(会話のルール、発話行為、ポライトネスに応じた言語使用、やりとりの社会言語学、会話分析、社交的言語使用、状況に応じた言語使用)、(3)言語と社会・文化(言語と文化、ことばの民族誌、民族意味論、異文化間コミュニケーション、言語使用とアイデンティティ)という項目が掲げてある。さらに、言語変化、言語死、言語創造(ピジン・クレオール)、言語習得、言語政策なども加えることができる。研究対象も村の古老の「純粋な」方言から都会の住民の多様な言語まで目が向けられている。

イギリス英語は cah でアメリカ英語は car?

都会における言語研究の先駆的な例として、Labov によるニューヨーク市の3つのデパートの店員の言語調査を挙げる(1966:42-59)。

デパートの位置、商品の価格、陳列の状況などから、富裕層向けの Saks Fifth Avenue、中産階級を客層にする Macy's、労働者階級が多く住む地域にある S.Klein が選ばれた。

仮説:この地域ではcar、girlなど、いわゆる「母音の後のr」を発音することが標準的で威信のある話し方だと思われており、教育もあり経済的にゆとりのある人たちは「母音の後のr」を多く発音するだろう。したがって、店員も客層に応じた話し方をするに違いない。

方法:Labov は客として、店員の対応に /r/ が4回発音されるような質問を用意した。A2は答が聞き取れなかったことにして問いなおし,1回目よりはっきりした答を B2に期待した。

A1: Excuse me, where are the women's shoes?
B1: Fourth floor.
A2: Excuse me?
B2: Fourth floor.

結果と結論:Saks で68人(うち /r/ を4回とも発音した人は30%、1回でも発音した人は32%)、Macy's で125人(4回20%、1回以上31%)、Klein で71人(4回4%、1回以上17%)の店員から回答を得た。すなわち、より高級なデパートの店員はより多く /r/ を発音しており、調査の仮説「デパートの階層化と言語使用の相関性」が証明されたことになる。

しかしよく考えてみると、この /r/ の発音だけに限れば、Saks でも残りの38%の店員が「アメリカ英語」の発音をしていないこと、ましてや労働者階級を客層とする Klein においては79%が /r/ のない「イギリス式」の発音をしているわけで、社会言語学的な考察なしで、単純に「米国ではアメリカ英語が、英国ではイギリス英語」が話されるとは言えないのである。

一方、英国においても、Trudgill によるレディングでの調査によると、/r/ を発音する話者の比率は、上流中産階級0%、下流中産階級28%、上流労働者階級44%、下流労働者階級49%というように、社会階層が下にいくほど RP(Received Pronunciation、 容認発音)でない発音がみられた(ロメイン、1997:87)。

すなわち、米国では /r/ を発音することが良いとされ、英国では /r/ のない発音が教養ある人の証とされているが、両国とも社会階層の低い人たちは標準ではない話し方をする確率が高いのである。

しかも、ニューヨーク市地域で /r/ 発音が高い評価を受けるようになったのは第二次大戦後といわれ、英国で非 /r/ 発音が社会的に高い評価を受けるようになったのは(宮廷などを除き)19世紀に入ってからである。すなわち、/r/ 発音の有無は、米国と英国圏(カナダ・オーストラリアなど)では逆の評価を受けるが、どちらも都会の上の階層から変化が起こり、まだ下の層まで浸透していないといえる。言語は常に変化しており、この /r/ 発音は「上から下へ」変化する典型的な例である。

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「英語教育」2006年9月号



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