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〈数量表現周辺部1〉 鯨の悪夢


東洋女子短期大学教授 大西泰斗
Onishi Hiroto
   
「英語教育」2005年10月号(大修館)→ 目次はこちら 定期購読はこちら
From "The English Teachers' Magazine" October 2005 Vol. 54 No. 7 (Taishukan)


ナンダイッタイソレハ

数量表現の1つ、more をとりあげよう。more は一一よく知られているように一一数量をあらわす典型例以外にも、さまざまな比較にその意味を広げている。

a. There were more than 300 passengers on the flight.
 (乗客は300を越えていた:数量を比較)
b. His new book is more interesting than his first one.
 (彼の新作は処女作よりおもしろかった:程度を比較)
c. He's more a philosopher than a poet.
 (詩人というより哲学者:記述の的確性を比較)

品詞や内容にとらわれず気軽に比べればよい、単にそれだけのことだ。

ところでこの more には非常に有名な一一英語学習上の悪夢と言ってさしつかえないだろう一一文例がある。所謂「クジラ構文」だ。私は高校時代3日うなされた。

A whale is no more a fish than a horse is.
(鯨が魚じゃないのは馬が魚じゃないと同じだ)

「XがAでないのはYがAでないのと同等だ」
というのが標準的な「説明」だろう。イッタイナンダソレハ。


鯨の生態

この形は「XがAでない…」などという心のない算数の公式ではない。そこには豊かな感情が宿っている。

この形一一no more ...than一一が使われる典型的なメッセージは「とんでもないよ」だ。

He is no more an artist than I am.
(あいつは全然アーティストなんてシロモノじゃないよ)
This painting is no more a Picasso than my own sketch.
(この絵はピカソなんかであるもんか)
That is no more a Rolex than this plastic toy watch!
(ロレックスなんかであるもんか)
You, a detective? Ha! You're no more a detective than my grandmother!
(おまえが刑事だって?笑わせんじゃないよ)

そのメッセージがわかってみて初めてこの文の「感覚上の構造」が見えてくる。本当に必要なのは than 以前だけなのだ。そしてそれ以降は照明としてのみ機能する。

This painting is not a Picasso.
(ピカソではありません)

この事実の描写そのものの文と比べると、どれほどの照明を than 以下が当てているかがよくわかるだろう。この文に含まれたあざけり(derision)が目を射ることだろう。Who could possibly think or claim such a thing?

この文のもつ「とんでもないよ」の強さは、no の存在でも確かめることができる。「同じ意味」だと言われてきた、not any more ...than ... と比較してみよう。

He is no more an artist than I am.
He is not an artist any more than I am.

He is not an artist と「平たく」始まるこの any の文には no がもっていた力が抜け落ちてしまっていることがわかるだろう。no = not + any などという「公式」からこんな話がでてくるのだろうが、いいかげんにしてほしい。算数が苦手だから英語の先生をやっている私の気持ちも考えて欲しい。no と not any はあきらかに強度がちがうのだ。

a. I have no pens.(ペンなんてもってないよ)
b. I don't have any pens.

no が漆黒の強さをもっているとするなら、not any は茶色くらいか。

さてもちろんこのフレーズは一一more の自由に比較する力ゆえに一一名詞以外にもさまざまな「とんでもない」を可能にする。次の文の「とんでもない」が聞こえるだろうか。

I can no more lie to you than fly to the moon.
(君に嘘をいうことなんてできないよ)
He's no more fit to do this job than a monkey!
(ヤツはまったくこの仕事にふさわしくない)


鯨は海に

さて冒頭の「クジラ構文」に話を戻そう。文法的にはなんら問題のないこの文は、no more ... than ... の例文としては落第だ。それは私だけの感想ではないだろう。学生たちの表情をみて及第点を出せる教員は少ないはずだ。

このフレーズの「核」が「とんでもない」にあるのだとすれば、この例文がそれを十全に写し取っているか。

 「くじらはさかなではない」。こうした単なる生物学的な事実を言明する際、感情的な高まりが予想されるフレーズは一一普通、一一必要とされない。この文はある意味非常に「特殊」な文なのだ。もちろん「あんたね、クジラが魚なんてとんでもないよ。馬が魚だっていうようなものなんだから」など、あるドラマチックな効果を与えようとして作った文だろう、そこに罪はない。だがこうした「平ら」を予想させる文は、当然のことながら学習者に「平らなフレーズである」ことを予想させる一一事実とは逆に、だ。そして「XがAでないのはYがAでないのと同等だ」という「解説」がそれに拍車をかける。こうしたリスクのある特殊な文を、なぜ最大の効果を狙わなくてはならない学習の場に持ち出さなくてはならないのだろうか。

悪意のない、こうした不用心と鈍感が学習者からどれだけの機会を奪っているかをわれわれは考える必要がある。そして学習者に与えるべきは十分に吟味された例文であるべきだ。表現の感覚を伝えて余りある細心の例文であるべきなのだ。

文法書には、もはや使われない、自然ではない、不親切で鈍感な例文が溢れかえっている。誰もが気がついているにもかかわらず目をつぶっている事実。われわれはその事実に目を向ける必要がある。切実に。

鯨は海に帰そう。


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「英語教育」2005年10月号



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【特集】<徹底研究>英語の“数”に迫る

英語の数量表現は日本語とどう異なり、話者のどんな意識を反映しているのか。数量詞、可算名詞/不可算名詞、冠詞など様々な個別要素から、それらが起こす語順や意味の変化まで、英語の数表現の広がりを探る。

<日英対照>物の数の捉え方に原則はあるか 本多 啓
可算名詞と不可算名詞の考え方 野村益寛
不定冠詞a/anと定冠詞theの表す世界 織田 稔
名詞と限定詞:語順を中心に 畠山雄二
本田謙介
田中江扶
all, every, each, anyの捉える世界 石田秀雄
「集合名詞」は数えられるか? 高見健一
[コラム:数量表現周辺部]
1. 鯨の悪夢
2. quite の憂鬱
3. いい加減なサム
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はじめてのアクション・リサーチ

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英語の授業を改善するために
まったくアクション・リサーチを知らない方も、興味はあるけれど、なかなか時間が取れなくて始められない方も、始めたけれど、進め方がわからなくて途中で投げ出してしまった方も、この一冊があれば大丈夫。本格的なアクション・リサーチをする前段階として、限られた時間と労力でできるリサーチの具体的な手順や調査方法を提案します。

■目次
第1部 授業改善のためのアクション・リサーチ
第1章 アクション・リサーチとは何か
第2章 アクション・リサーチの進め方 Q&A

第2部 テーマ別アクション・リサーチの進め方
第1章 「基礎的な英語力」をテーマにしたアクション・リサーチ
第2章 「リスニング」をテーマにしたアクション・リサーチ
第3章 「スピーキング」をテーマにしたアクション・リサーチ
第4章 「リーディング」をテーマにしたアクション・リサーチ
第5章 「ライティング」をテーマにしたアクション・リサーチ
第6章 「学習意欲」をテーマにしたアクション・リサーチ
第7章 「少人数指導」をテーマにしたアクション・リサーチ
第8章 「小学校英語活動との関連」を探るアクション・リサーチ

第3部 教員研修とアクション・リサーチ
第1章 英語教員全員研修でのアクション・リサーチ
第2章 コーディネーター育成でのアクション・リサーチ
第3章 市町村教育委員会レベルでのアクション・リサーチ
第4章 自主研究グループ:アクション・リサーチの会@近畿・・・

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