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英語の語彙と表現を支えるメタファー
─言語人類学の視点から─

同志社大学助教授 松木啓子 Matsuki Keiko
   
「英語教育」2004年1月号(大修館)→ 目次はこちら
From "The English Teachers' Magazine" December 2004 Vol. 52 No.11 (Taishukan)

語彙や表現を見ることによって、その言語の使用者がどのように自分の回りの世界を切り分け、分類しているのか、つまり、混沌としたカオスの世界にどのような秩序を与え、意味のある世界を作りだしているのかを窺い知ることができる。言語と文化との関係性の問題を取り扱う学問に言語人類学(linguistic anthropology)という分野があるが、その一世紀以上にも亘る発展の過程で、語彙の研究は言語を用いる人々の世界観や価値観を垣間見る窓口としていろいろなことを明らかにしてきた。卑近な例で考えてみよう。例えば、英語の"wear"という動詞には「着る」という日本語が対応する。そして、"wear clothes"と「洋服を着る」の意味はほぼ一致する。しかし、"wear"は"a hat"、"a pair of glasses"、"a necklace"、"jeans"なども目的語として取ることができるが、対応する日本語は「(帽子を)かぶる」、「(めがねを)かける」、「(ネックレスを)つける」、「(ジーンズを)はく」がふさわしい。つまり、"wear"と「着る」のそれぞれの語彙には装着物の異なる分類方法が適用されなければならない。些末な例かもしれないが、こうした違いを考える時、異なる世界の切り分け方、秩序のあり方が言語の使用と密接に関わっていることを再認識する。本論では、こうした秩序の奥深さを考え、言語人類学の視点の一端を紹介しながら、英語の語彙と表現を見てみたい。

言語と文化

20世紀のアメリカ言語人類学の発展に大きく貢献した研究者の一人に、ベンジャミン・リー・ウォーフ(Benjamin Lee Whorf)という人がいる。ウォーフの名前は、言語と文化に関する有名な議論 ―言語相対論(linguistic relativity) ―とほとんど同一視されてきた。この「言語相対論」によれば、ある言語の語彙や文法はその言語を使う人々の世界の捉え方 ―世界観(world view)― に大きく影響する。こうした言語と世界観の切っても切り離せない関わりについては、もうひとりの言語人類学者エドワード・サピア(Edward Sapir)もいろいろ述べている。そして、2人一緒に正式発表したわけでもないのに、彼らの言語観は「サピア・ウォーフの仮説」(Sapir-Whorf hypothesis)と総称され、半世紀以上の間も一人歩きしてきたところがある。しかし、こうした「仮説」をはじめ、言語と文化の問題をめぐって今日でも相変わらず様々な議論が交わされ続けているのは、そのダイナミックで複雑な関係性こそが研究者を魅了し続けるからであろう。

ウォーフの有名な論文「習慣的な思考および行動と言語との関係」(1956[1941])は興味深い逸話で始まっている。学究活動に従事する一方で火災保険会社の技師でもあったウォーフは、人々が"empty gasoline drums"と記されているガソリンの空缶の近くで煙草を吸ってしまい、それが引火と火事を引き起こしているケースに注目した。ガソリンは揮発性の石油製品であり、したがって、ガソリン缶に記してあった"empty"は起爆性のある気体を含んでいることによる危険性の注意信号となっていたはずである。しかし、ウォーフによれば、人々は"empty"という語彙に「無で空虚な、否定的の、不活発」という「空=何もない」の意味を習慣的に付与してしまい、それによって「危険がない」という判断を下してしまうことがこのような事態に繋がっているという。読者はこの話を聞いて、どう考えるだろうか? ウォーフの説明には多少強引なところがあり、言語と思考、そして、行動との関わりはそれほど単純なものでないことは今日の常識となってはいるが、一方で、特定の語彙の使い方、すなわち、表現による特定のラベルづけ(分類)が我々の習慣的思考と習慣的行動を無意識のうちに方向づけるという視点の意義は大きい。以下では、こうした分類の問題をメタファー(隠喩)を通して見てみたい。そして、英語の語彙や表現を支えている秩序の問題を再考してみたい。


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「英語教育」2004年1月号



月刊「英語教育」について
【特集】「英語」大解剖! ― 英語とはどんな言語か?
英語グローバリゼーションが進んでいるが、英語は、本当に世界の言語のど真ん中にある典型的な言語なのだろうか。言語類型論的な見地から、そんな問いに答え、英語の皮を一枚一枚剥いでみよう。

英語らしい「音」って何? 川越いつえ
英語はもっとも時制が複雑な言語 加藤重広
アルファベットってどんな文字? 平田隆一
k音のイメージから:語源の話 渡部昇一
英語の語彙と表現を支えるメタファー:言語人類学の視点から 松木啓子
早分かり 英語の歴史と種類 児馬 修
コラム:
冠詞のある言語、ない言語/英語らしく思わせる表現/「とぶ」は jump か fly か:細かく動作を区別する英語/英語は何人に話されているか
町田 健

■スローラーナーを励ます授業実践 伝えたいことが書けるライティング指導
■ゆかいな仲間たちの「授業見学」 「忘れ物」「残り物」そして、その「成果」:高3ライティング授業
■英詩への招待 A. E. Housman : Loveliest of Trees
■教師のための心理学講座 「価値観が違う」のはなぜか:4つの気質から考える
■英語教育者のための言語心理学 認知言語学
■研究と現場を結ぶ英文法入門 否定の作用域と焦点
■〈新連載〉大地の声:ネイティヴ・アメリカンの智慧の言葉
■英語教育時評 言語コミュニケーションの教育
◎世界のカレンダー 1月の中国:家族そろって祝う春節
◎Twelve Views of the Other World
◎アングロ・サクソン文明落穂集[372]Sir Paul Getty の「本の城」    他
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