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ハリー・ポッターのイギリス ★クィディッチの寮対抗戦★
スポーツが生まれた国、イギリスの現在

東京学芸大学助教授 鈴木秀人 Suzuki Hideto
   
「英語教育」2003年10月増刊号(大修館)→ 目次はこちら
From "The English Teachers' Magazine" October 2003 Vol. 52 No.8 (Taishukan)

対抗戦がイギリスのスポーツの原点

このように、19世紀の前半にはパブリック・スクールの校庭でフットボール、クリケット、ボートなどが盛んに行われるようになっていくが、これらは、ハウスと呼ばれる寄宿寮の間での対抗戦(ハウス・マッチ)という形式で競われたものであった。この対抗戦の中で様々なルールが決められていき、未組織な民俗ゲームは、制度化されたスポーツへと生まれ変わっていったのである。

やがてこの対抗戦は、校内のハウス同士による戦いだけではなく、他校との対抗戦(スクール・マッチ)へと広がっていく。その背景には、各校なりのやり方で行われていたスポーツが、統一されたルールを共有するようになったという歴史的変化がある。特に、各パブリック・スクールが独自のルールで行ってきたフットボールは、各校の卒業生達がオックスフォード大学やケンブリッジ大学で学友となり、一緒にフットボールをプレイしようとする努力の中で、ルールの統一が進む。

そして、ドリブルを主体としたゲームを行ってきたウェストミンスター校などのパブリック・スクール OB が中心となって1863年にサッカー協会(Football Association)ができ、それに抗してハンドリングを主体としたゲームに固執したラグビー校などの OB が中心となって1871年にラグビー協会(Rugby Football Union)が結成される。以降はそれぞれのルールに従って、パブリック・スクール同士はもちろんのこと、その OB クラブ、大学内のカレッジ、そして大学の代表チーム等々、様々な対抗戦が発展していった。

オックスフォード対ケンブリッジのラグビー対抗戦(毎年12月に行われ、ロンドンのトゥイッケナム・ラグビー場が大観衆に埋まる)
現在も、イギリスのスポーツの原点である対抗戦という形式は大切にされている。イギリスの中等学校は、学校同士の対抗戦や校内での対抗戦に今でも大きな価値を置いているし、オックスフォード大学とケンブリッジ大学のラグビーやボートの対抗戦は、イギリスの国民的行事でもある。

ハリー・ポッターの物語に出てくるクィディッチの試合は、ハリーが所属するグリフィンドールというハウスとスリザリンというハウスの対抗戦である。ホグワーツ校が寄宿制をとっていて、しかもそこでハウス・マッチが行われていることを見ると、作者は明らかにパブリック・スクールをモデルにしてこの魔法魔術学校を描いていると思われるが、ライバル意識をむきだしにした対抗戦は、イギリス人が愛するスポーツのひとつの象徴的な姿とも言えるのである。

階級によって好きなスポーツが違う

さらにイギリスのスポーツを深く理解するためには、社会階級という視点が必要である。イギリスでは、今だに階級社会が厳然として存続し、ほんのわずかのアッパー・クラスと4分の1ぐらいのミドル・クラス、そしてその他多くのワーキング・クラスの人々が、まるで違う国民のように異なる文化を持つと言われている。イギリスのスポーツには、この階級によって異なる文化の違いをはっきりと見ることができる。

今年、杉山愛選手が大活躍したテニスのウィンブルドン大会をテレビで観戦した人は、そこには常に秩序ある雰囲気が漂っていて、観客も静かに応援していることに気がついたと思う。クリケット場にもこれと似た落ち着いた雰囲気がある。

ところがイギリスのサッカー場では、これらとはまるで違う国であるかのような光景が見られるのである。観客席は、ホーム・チームとアウェイ・チームのサポーターが警察官や警備員の作る人垣によって厳格に隔てられ、互いに一切接触できないようにされる。それでも両者は激しい野次を飛ばし合って相手を挑発するから、特にアウェイ・チームのサポーターが陣取るゴール裏周辺にはかなり危険な雰囲気が漂うのである。

ラグビー場は、テニス場やクリケット場とサッカー場のちょうど中間といったところだろう。テニスやクリケットほどの上品さや静寂はないものの、観客のマナーは概して良く、サッカー場のような騒然とした雰囲気はない。サッカー場ではもう見られなくなった立見席が残されているところもあって、そこではホームとアウェイ両方のサポーターが隣同士で応援していても何のトラブルも起こらないから、立ち見ではない座席も双方のサポーターが分離されることもない 3)

こういったことは、一口にイギリスのスポーツと言っても、それぞれの種目を好む人々の社会階級が明らかに異なっていることを示している。言うまでもなく、サッカーはワーキング・クラスのスポーツなのであり、ラグビーやテニスやクリケットはミドル・クラス以上の人々が好むスポーツなのである。そのことが、各々の種目を観戦に集まる人達の服装、立ち居振る舞い、しゃべる英語の発音までをも異なったものにしてしまう。

早期にプロ化したことによってワーキング・クラスのスポーツとなったサッカーは、エリート学校であるパブリック・スクールの多くでは重視されず、そこではクリケットとラグビー、そしてボートなどに重きが置かれる。魔法使いの世界に社会階級があるのかどうか分からないが、クィディッチはパブリック・スクールのように寄宿制をとるホグワーツ校で行われているので、もしかすると、ミドル・クラス以上の魔法使いが好むちょっとポッシュなスポーツなのかもしれない。

【注】
3)  サッカー場とラグビー場の観客のこのような違いがなぜ生まれたのかについては、以下で菊が詳しく論じている。菊幸一「サッカーを愛する人たちとラグビーを愛する人たち〜社会階級とスポーツをめぐる現実〜」鈴木秀人(編)『スポーツの国イギリス』創文企画、2002年、pp. 139-162.

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「英語教育」2003年10月増刊号



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