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英語教師は理系に学ぼう - コラム

英語教師・英語教育関係者が知っておくべき英語使用の現場についての文章を掲載

このコラムについて

コラム

2009年4月14日

英語教育の基本は人間教育・市民教育ですが、その延長上では、英語を使用する現場を見定めるべきだと私は考えます。しかしこれまでの英語教育は、ともすれば英語学習そのものが目的となってしまった「英語マニア」が「英語大好き少年・少女」に、あらゆる側面で「ネイティブの英語」に限りなく近づくことを勧めるものになっていませんでしたでしょうか。英語教育に携わる人間は、もっと冷静にグローバル社会における英語使用の現実・ニーズを見極め、母語でなく第二言語としての英語を具体的・限定的に使用するための英語教育をデザインするべきではないでしょうか。

このコラムでは、英語教師・英語教育関係者が知っておくべき英語使用の現場についての文章を掲載します。とはいえ著者である私自身は英語教員養成・現職研修の現場を知っているだけで、その他の現場の実際の英語使用に関して格別の知識をもっているわけではありません。ですからここで私は、英語使用の現場を描いた本を私が読んだ限りのまとめを提示します。

現場の中でも、特に理系の人々(サイエンティスト、エンジニア)などの英語使用についての文章を掲載しようと考えています。理系の英語使用こそは英語のニーズがおそらく最も高いのに、英語教育関係者の関心がおそらく最も低いと考えられる分野だからです。

これをきっかけに私たち英語教育関係者の関心が広がることを願っています。



徳田皇毅『理工系学生が会社に入る前に読む英語の本』(2008年、日本工業英語協会)

コラム

2009年5月14日

理工系学生が会社に入る前に読む英語の本コラム「理系に学ぼう」の第一弾は、理系英語のための概説的入門書ともいえる『理工系学生が会社に入る前に読む英語の本』(徳田皇毅著、2008年、日本工業英語協会)を取り上げます。

この本で述べられていることで、英語教育関係者が傾聴すべきポイントを私なりにまとめれば、

(1) 会話重視への警鐘、

(2) 基礎教育としての学校教育の重要性、

(3) Output重視試験の重要性、

(4) 「商品」になる英語とならない英語の違い、

(5) "Awkward"でない英語を書くための修養、


といったことになるかと思います。


(1) の会話重視への警鐘に関して、徳田先生は「会話ができる」だけでは英語ができるとはいえないということを確認します。「企業の活動にともなって発生するあらゆるレポート、契約書などのドキュメントはすべて書面として作成されます。書面にないものは存在しないのと一緒です。どれだけ話せても書けなければゼロなのです」(36ページ)とは徳田先生の言葉です。そういえば会社で一番英語を使うのは、会話でなくemailの読み書きだともよく聞くことです。英語の断片をつなぎあわせて「何となく」通じさせてしまうような英会話力では、レポート・契約書はおろか、emailでもきちんとは書けないわけですから、「会話」を重視するあまり英語を書くことの重要性をきちんと教えていない英語教育はこの点からも見直さなければならないのかもしれません。


(2) の基礎教育としての学校教育の重要性については、徳田先生は学校英語教育が「文法重視」、「実践軽視」となるのは当然と断言されます。


仮に中学、高校でみなさんが英語に費やした時間のすべてを、会話を中心とした「実践形式」の授業に使ったとしましょう。6年後に待っているのは、悲惨な結果です。数百の単語しか持たず、文章はまったく読めない。できるのはせいぜいせいぜい海外旅行に行ったときに困らない程度の英会話力です。(40ページ)


あまり「会話」を目のかたきにするのも中庸を欠きますが、文法によって、どんな文でも聞き・読み、話し・書くことができること (=言語の創造的使用能力) が重要であることに対しては私も全面的に賛成です。

また社会での「実践」が商的、法的、工学的、理学的、医薬的などなどと様々な分野に展開している以上、そういった「実践」を学校でやることは現実的でなく、実践諸分野の英語の基礎になることをやることが学校の役割だとも主張されています。


(3) のOutput重視試験の重要性もこれまでの論点とつながっています。コンテクストや一般常識の助けを借りての「なんとなく」の理解を四択の中から選ぶようなinputの試験では、著者が考える英語力は測れないわけです。ですが多くの試験はやはりinput重視です。試験の実施には


(a) 妥当性 (そのテストが目的能力をきちんと測っているか) 、

(b) 信頼性 (そのテストは何度実施しても同じ結果がでるような安定したものか) 、

(c) 実施可能性 (現実的に実施しやすいか)


の要因があるとしばしばいわれます。私からすれば (a) > (b) > (c) の順番で大切だと思うのですが、現実はしばしば (c) > (b) > (a) の優先度で試験が実施されます。こういった私たちの思考と慣習の惰性にも深刻な反省が必要かもしれません。


(4) の「商品になる英語」とは「何とか通じる英語」ではなく、取引相手に信頼感を与えるような、ある程度の品格をもった魅力的な英語のことです。これに関しては137ページから実際の和文英訳を通じて、「商品にならない英語」と「商品になる英語」の差が実感できるようになっています。日本語慣用につられて妙な英語になってしまう「つられ訳」の指摘も傾聴に値します。


(5) の"awkward"でない英語を書くには、というポイントでは、仕事で使う英語 (本書では技術英語) は特殊な英語であるが、その特殊な英語も広汎で深い英語使用のバックグラウンド (つまりは教養) があってはじめてきちんと書けることが説明されています。


以上のように、伝統的な学校英語教育の姿勢を擁護しながらも、英語教育がもっとライティングを志向するべきことを主張し、ライティングで「商品になる英語」「"awkward"でない英語」を目指すならば、おそらくは伝統的な学校英語教育では不十分であることも述べたと思われる本書は、英語教師が目を通しておくべき本の一冊かと思います。


英語教師は「英語が好き」「留学が夢」でいいかもしれません。旅行や語学研修での英語使用をもっぱら英語教育の目的のように考えてしまうのも仕方ないのかもしれません。ですが理系の社会人は、英語を使うためにお金を使う (例、旅行、語学研修) ことではなく、お金を稼ぐために英語を使うことを目的としています。「出費を伴う英語」ではなく「お金を稼げる英語」について英語教師ももう少し考えてもいいのではないでしょうか。



倉島保美 『理系のための英語ライティング上達法』 (2000年、講談社ブルーバックス)

コラム

2009年6月06日

090606%20Kurashima-edited.jpg工学部卒で、エンジニアとしてのキャリアを経て、今では数々の大学や企業で英語および日本語のライティングや論理的思考法、ディベートなどを教える著者は、「はじめに」で次のように明言します。


日本人の多くは、英語は懸命に勉強するのに、コミュニケーション技術はまったく勉強しません。その結果、文法上の誤りのために意味の通じない文を書く人はほとんどいませんが、構成上の問題で伝えるべきことを伝えられない人はたくさんいます。また、礼儀に欠ける文章を書く人もたくさんいます。 (3ページ)

本冒頭のこの明言は、私の心を捉えました。たしかにその通り。学生の卒論英語執筆の指導でも私は、学生の文章構成 (パラグラフ間とパラグラフ内) や全体を通しての文体感覚の統一を十分に指導できずに困っています (もちろん自分自身のライティングを上達させることの方が先ですが、ここではそれは棚に上げて話をしております)。そのような私にとって、この本はまさに「ビンゴ!」であり、以来、学生には折に触れてこの本を薦めています。


第1章で著者は「英語学習常識のウソ」を明らかにします。

第1のウソは「ネイティブの指導こそが効果的」というものです。ネイティブ・スピーカーによる文章添削は、多くの場合、細部の文法だけを修正するものであり、文章構成全体に関する効果的なコミュニケーションに関する指導がほとんどないからというのが著者の主張です。

第2のウソは「ライティング=和文英訳」というもの。著者によればライティング (英文作成) は次の5段階から構成されます。


1. 読み手を特定する
2. 伝達すべき情報を特定し、整理する
3. その情報を最も効果的に伝達するための文章構成を考える
4. その構成について日本語の文章を考える
5. その日本語を英文に直す

いわゆる「和文英訳」は5番目のステップに過ぎず、最初の4つの段階について訓練を重ねていなければ、わかりやすい文章は書けないというわけです(注)。

英語教育界には近年でしたら大井恭子・田畑光義・松井孝志『パラグラフ・ライティング指導入門―中高での効果的なライティング指導のために』(2008年、大修館書店)といった好著があり、一部ではしっかりとしたライティング指導がなされていますが、大半の指導は、上記でいう5だけであり、特に1、2、3に関する指導はほとんどないのではないでしょうか。

実際、和文英訳の問題集の中には、読み手の特定 (および読み手の特定から決定される文体の選択) がまったく定められないままに、とにかく単文の問題が、構文ごとに並べられているものがまだ見られますが、そういった問題集では、構文は定着するとしても、わかりやすい文章を書く訓練にはならないでしょう。文体感覚の育成に関しては有害無益とすら言えるでしょう。(実際私が高校時代に丸暗記した有名な構文集などは文体の混乱に関してはひどいものでしたが、そのことに気づいたのはずいぶん後でした)。

このような単文を集めた例文集を暗記さえしておけばよいという信念は、筆者の言う第3のウソにつながってゆきます。筆者は例文集が手元にあれば、英文作成はすぐにできるというのはウソだと考えます。例文の状況と、今自分が行なおうとしているライティング状況に関する判断ができないと、例文のとんでもない使い方をしてしまうことがあるからです。


かくして筆者は第2部 「英語がすらすら書けるコツ」 でコミュニケーションのためのライティングの原則を解説します。そのエッセンスは65ページの章扉に要約されています。



●文章の展開法を知る

・パラグラフ単位で考えれば論理的にすらすら書ける
・何を述べるかから始めれば伝わりやすい
・パラレリズムを使えば書く負担がずっと減る

●文をなめらかにつなぐ


・既知から未知へと流せば文がつながる
・接続語句を使えば読み手の負担が減る
・主従を明確にすれば言いたいことが強調できる

●好感を与えるよう表現する


・丁寧度を知ればあらゆる状況に対応できる
・ちょっとした工夫で穏やかな口調になる
・表現を工夫すれば印象が変わる

この第2部の説明も、他の部分と同様、きわめて明確で具体的です (考えてみればこれはライティング上達に関する本なのですから、著者のライティングが素晴らしいのは当たり前なのかもしれません。しかし、私はこの本のわかりやすさには非常に好印象を得ました)。


第3部では各種状況でのライティングの具体例が解説されます。付録Aには「英文の質を上げる10のTIPS」、Bでは「E-MAILでの10の注意点」、C「英文作成を助けてくれる電子ツール」があります。随所に入れられているコラムも著者の経験に基づく具体的なものでなるほどと思わされるものです。


タイトルには「理系のための・・・」とありますが、それほど理系の専門的なトピックを扱っているわけではなく、むしろ論理的な文章展開に慣れていない文系やビジネス (事務職や営業職)系 の方が読んだ方が益するところが多いと言えるかもしれません。もしあなたがこの本を本棚で見かけても「私は文系だから・・・」と敬遠していたのなら、ぜひぜひ次回はこの本を手に取ってみて下さい。というより、英語教育関係者はもっともっと理系の英語使用を学び、「文系 vs 理系」という不毛な対立図式を過去のものにしませんか? 現代社会は文系の発想だけでも、理系の発想だけでも十全に語れないのですから。

(注) ライティング (英文作成) の第4段階の「英文を書く前に一度日本語の文章を書く」ということに関しては「日本語を経ずに直接英文を書く」方がいいとお思いの方もいらっしゃるかと思います。たしかに最初に日本語を書いてしまうと、英文がその日本語につられてしまうという悪影響が出かねません。しかし、いきなり英文を書かせると思考が不如意な英語に拘束されてしまい、内容が稚拙になってしまうという弊害もありえます。

このあたりはライティングの状況・目的・関係者を具体的に検討して、ケース・バイ・ケースで適切な方法を選ぶべきではないでしょうか。日本の英語教育界には状況を具体的に検討することなく、「方法Aと方法Bは、どちらが優れた方法か」などといった議論に血道を上げる方も時にいらっしゃいますが、もういい加減そういった不毛な議論は止めませんか。「メスと斧はどちらが刃物として優れているか」という議論は、刃物が使われている状況を考えずになされるとしたら、愚かと言わざるをえないと思います。

※追記

このコラムにコメントをいただきながら、技術的な問題でコメントがなかなか掲載されない事態が続いております。ご不便にお詫び申し上げます。

私はよほど社会常識に欠ける投稿以外はすべてコメントを掲載するつもりであり、またそのように掲載許可を出しておりますことをここに明言します。具体的に言いますと、私は新聞の投書欄程度の文体と丁寧度で書かれた常識的なコメントはすべて掲載するということです。

ついでながら付言しますと、私はコメントに対してコメント欄でお返事することは原則として控えています。本務である教育と研究を優先させるための、冷酷な線引きです。ご理解ください。

コメントがすぐに掲載されないのは技術的問題のせいですので--そして技術的問題というのは私たち素人が思う以上に多いものです--投稿者様におかれましては、どうぞしばしのご忍耐をお願い申し上げます。



上田秀樹『英文技術文書の書き方』(2006年、工業調査会)

コラム

2009年7月08日

日本の学校英語教育者は、これまで良い意味でも悪い意味でも、小説や詩などのクリエイティブライティングを好んできた。

クリエイティブライティングは、読者を感動させたり楽しませたりすることを目的とする。読者は最初のページから順追って最後のページまで読み進める。著者は読者が飽きないように、しばしば個性的なスタイルで書く。

クリエイティブライティングと異なるジャンルの一つに、テクニカルライティングがある。テクニカルライティングは、読者がある行動や判断を行なうのに必要な説明や情報を与えることを目的とする。読者はしばしば自分の必要に応じて、とばし読みをする。著者は読者の迅速な情報処理のために、簡潔で平易な表現を使う(本書 17-18ページ)。理系の人々やビジネスパーソンが必要としているのは、明らかにテクニカルライティングである。

テクニカルライティングは、無味乾燥で機械的なライティングではない。テクニカルライティングは、読者の心を的確に読み取り(注)、読者の期待・予想に即して書かれる。この意味で、テクニカルライティングは、きわめて人間的なライティングである。

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本書は、日本人が英語でテクニカルライティングをする際に注意すべき40のポイントを説明・例証し、さらに報告書・提案書・手順書の構成について概説する。説明は簡潔であり、例は短くわかりやすく、文系の読者でもまったく問題なく読み進めることができる。英語テクニカルライティングの入門書としての良書で、英語教師だけでなく学部生・大学院生にも薦めたいと私は思っている。

注意すべきポイントの中には自明に思えるものもある。例えば「10 知られている情報のあとに新しい情報を伝える」、「11 同じ種類の情報は、同じ形で並列する」、「13 主語を文頭近くに用いる」、「14 動きは動詞で表し、かつ、動きの主体を主語にする」などである。

だが10や13でさえも、本書にあげられている英文例を見れば、「うん、こんな英文よく見る!」と思わず言ってしまうだろう。11の並列構造については、筆者が指摘するように、日本人の英文はしばしば無造作な並列構造で書かれ、順番に何の意味もなかったりする。14についても、日本人の英語はしばしば、There構文の多用や、「原因+結果」(「原因が結果を引き起こす」という他動詞構文)でない、「結果+原因」(「結果が原因と共に生じる」という自動詞構文)の多用、などで、確かに英語常用者には少々わかりにくい表現を多用したりしている。40のポイントはぜひ例文を参照しながら確認したい。

中には学校英語教師が驚くようなポイントもある。例えば「26 It isで始まる構文は用いない」。もちろん絶対の禁止ではないのだが、この構文を重要構文として教える英語教師は、この忠告にちょっとびっくりするだろう。だが、冒頭の主語という、注意喚起の点で重要な位置に、形式的なだけの主語をもってくることは、確かに迅速な情報処理の点では好ましくない。本書の例をあげるなら、


(1) It is very important that you always back up your work in a reliable storage medium.
(2) You should always backup your work in a reliable storage medium. (99ページ)


の2つを比べてみると、(1)は冗長であり、わざわざIt is構文を使うには及ばないことがわかる。些細なことのようにも思えるし、(1)も文法文なのだから、いいではないかとおっしゃる方もいらっしゃるかもしれない。だが、冗長な英文がダラダラ続く学生の英語論文を読むことの多い私などは、著者の見解に賛同する。

技術文書の基本構成に関しては、報告書 (Introduction, Method of obtaining facts, Facts, Discussion, Conclusions, Recommendations)、提案書 (Introduction, Problem, Objectives, Solution, Method, Resources, Schedule, Qualifications, Management, Costs)、手順書 (Introduction, Safety precautions, Description of the equipment, List of materials and equipment needed, Directions, Troubleshooting)についてわかりやすく説明される。

認知科学の知見を活かしたコラムも面白いし、参考図書を見てもこの本がアメリカのテクニカルライティングの伝統に基づいていることがよく示されている。

技術者だけが読むのはもったいない本だ。


(注)
私は、言語コミュニケーション (linguistic communication) の力を、(1) 相手の心を読む力、(2) 物体・身体を使う力、 (3) 言語を使う力の3要因が合成したものであるという「言語コミュニケーション力の三次元理解」で説明することが適切だと考えています。この考えは最初に、日本言語テスト学会で発表し論文を公刊させていただきましたが、最近、大津由紀雄編『危機に立つ日本の英語教育』(慶應義塾大学出版会)の中の1つの章で、この考えをわかりやすく解説する機会を得ました。もしご興味があれば、お読みください。



杉原厚吉 『理科系のための英文作法』(1994年、中公新書)

コラム

2009年8月06日

英語の先生というのは、存外に不親切である。「きちんとした英語の文章を書くにはどうしたらいいのでしょう」と学習者が尋ねると、「多くの文例に接して、英語らしい文章というものを肌で感じ取れるようになるがよい」という精神論に下駄を預けることが多い (4ページ)。

だが世間の人間は、英語教師ほどに暇ではない。英語教師なら、英語を学ぶことが商売みたいなものだから一日中英語を読んでいればいいのかもしれない。だが、理系にそんな暇はない。教師ならば、学びの王道を筋道立てて教えるべきだろう。

本書は、「英語の不自然さを、身体で感じる代わりに、形式的基準に基づいて論理的に判断する方法と、それを利用してできるだけ自然な流れをもった文章を作る技術」(165ページ)を明らかにした本である。

著者は東京大学で教鞭をとる数理工学者 (2009年4月から明治大学)。自らの仕事を「理論の中から役に立つ部分をすくい取ること、および、役に立つ理論を作ること」と称し、この本では「この工学的態度を、そっくりそのまま英作文の世界へ持ち込んだ」(168ページ)と言う。依拠する理論は、ハーバード大学の久野の談話文法と、コンピュータに自然言語解析をさせる計算機科学。英作文の初心者を対象に、美文や文学的表現は目指さず、「道の中央を歩く方法を『原則』として示し、なるべくそれからはずれない歩き方」(11ページ)を、誰にでもわかるように示す。


誰にもわかるような示し方は、本書の構成と展開に端的に表れている。

構成は、導入の第1章を経て、ディスコース・マーカー(「話の道標」)としての接続詞・副詞を扱う第2章、文の階層構造の明示化を教える第3章、Hornbyの『オックスフォード現代英英辞典』を使いながら「安全第一」で動詞の使い分けることを教える第4章、情報の新旧と語順の関係を原則化する第5章、言語表現における視点の一貫性を説く第6章からなる。読み終えると、これほど役に立ち、またこれほど簡単な原則が、なぜ通常の学校英語教育では教えられていないのかが悔しいぐらいだ。

展開は、英文作成の原則を仮説の形で提示し、議論を積み重ねてゆくものだ。ゆっくりと論を追ってゆけば必ず納得できるように議論が展開される。これはたしかに理系の作法だ。


読者層は英作文の初心者と先に述べたが、どうしてどうして、この本の内容は深い。

例えば、


日本の経済の予測

あるいは

物体座標系とカメラ座標系間の関係

といった表現の曖昧性、およびその解消法を私たちは的確に説明できるだろうか。

英語だったら


pattern recognition of characters
recognition of character patterns

の違いが上と類例だし、さらには


Hoffmann was visited by Mary.
Hoffmann was visited by his student.

は問題ないが、

*Mary's professor was visited by Mary.

が奇異に感じられることを、私たちはうまく説明できるだろうか。

本書はこういった具体例も極めて明快に解説している。

また、日本語の例文が上に出てきたことからもわかるように、読者は本書の読解を通じて、日本語においても理路整然としてわかりやすい文章を書くことができるようになる。78ページの説明を読めば、いかに現行の学習指導要領が、悪文であるかもわかるだろう。

総じて言うなら、英語、日本語を問わず、明晰な文章を書く必要に迫られている人間や、言語教育に携わる人間は、読んで益するところの多い良書と言えよう。著者の日本語も明晰で模範的なので、高校生や大学生向けの教科書としても使える。

この本を理系だけの専有物にするのはあまりにももったいない。



小野義正『ポイントで学ぶ英語口頭発表の心得』(2003年、丸善)『ポイントで学ぶ国際会議のための英語』(2004年、丸善)

コラム

2009年10月09日

東京大学大学院工学系研究科・工学教育推進機構国際化推進機構特任教授によって書かれたこの2冊は、内容が非常に具体的で有益、説明が簡潔でわかりやすく、書物としては薄く廉価である。表紙は地味だが、非常に有用な本であり、およそ学術的に英語を使用する機関にはレファレンスとして備えておきたい本だ。

『ポイントで学ぶ英語口頭発表の心得』は、欧米での "public speaking"の文化伝統の奥深さを痛感する著者が口頭でのプレゼンテーションの原則とノウハウをわかりやすく説明し整理する。原則とノウハウはもちろん英語のプレゼンテーションを前提としたものだが、これらは日本語でのプレゼンテーションでも通用する。


ポイントで学ぶ英語口頭発表の心得(Amazon.co.jp)

プレゼンテーションの原理は簡単である。「IntroductionとBodyとSummaryの順で聴衆に3度同じ事を話す。つまりTell them what you will tell them. Tell them. Tell them what you told them.」である (ivページ)。

あるいは「プレゼンテーションは自分が言いたいことを一方的に言うことではない。すべては相手のためであり、相手の身になって話さなければならない」ことを徹底することだ。したがって「 (1) 結論を先に言え。 (2) 技術内容よりも、コンセプトを重視せよ。 (3) ロジックを明確に話せ。 (4) 内容は高く、表現はやさしく」ことを貫けばよい (1ページ)。

そのため口頭発表では、(a) 内容設計 (聴衆分析・目標設定・筋書き作り)、(b) 素材作成 (視覚素材・文章素材)、(c) 呈示技術の訓練 (体の動き・アイコンタクト・スクリーンの使いこなし・口調・ジェスチャー) の準備が重要となる (7ページ)。


学生に上のようなプレゼンテーションの原理を説明すると、馬鹿にするような顔をする者も少なくない。「そんなこと当然だ。言われなくてもわかっている」と彼/彼女らは言う。だが私の経験では、こういった原理をきちんと体現したプレゼンテーションを学生はできない。「わかっている」と口では言っても骨身に染みて理解していない。「当然」のことも、自分の発表内容に気を取られると、おろそかになり、一人勝手な振る舞いしかできない。上のまとめを読んで「それはその通りでしょう」と思った方々も、ぜひ本書を読んでこれらの原則を深く理解していただきたい。そしてレファレンスとして手元に置き、折に触れて参照して自分のプレゼンテーションのチェックリストとして使って欲しい。


さらに英語でプレゼンテーションをするとなると、日本語での習慣が邪魔になることがある。著者は『日本物理学会誌』 に掲載されたA.J. Leggett氏の一節を紹介する。


日本語では、いくつかのことを書きならべるとき、その内容や相互の関係がパラグラフ全体を読んだあとではじめてわかる ― 極端な場合には文章全部を読み終わってはじめてわかる ― ような書き方をすることが許されているらしい。

英語ではこれは許されない。一つ一つの文は、読者がそこまでに読んだことだけによって理解できるように書かなければならないのである。また英語では、一つの文に書いてあることとその次の文に書いてあることの関係が、読めば即座にわかるように書く必要がある。たとえば、論述の主流から外れて脇道に入るときには、脇道に入るところでそのことを明示しなくてはならない。(脇道の話を読み終わってから、その話と主流との関係がわかるのではいけない)。 (18ページ)


こういった思考パターンといった抽象的レベルに加えて、もっと具体的なレベルで英語表現に気をつける必要ももちろんある。著者はこれらのノウハウも、例えば「聞いてすぐわかる英語表現」の10の特徴 (17ページ)、「不必要な単語・句は省く」 (22-25ページ)などで具体的に示す。さらに口頭発表で質問者の英語が言い直してもらってもわからない場合はどうすればよいか (73ページ) などの助言も親切である。

プレゼンテーションについて説明する本書は、この本自体がプレゼンテーションの素晴らしい例となっており、第1章で要点を明確に述べ、第2-10章で具体的内容を語り、第11章の「チェックリスト」でまとめを行なう。大学院生だけでなく大学生にも読ませたい。いや、英語で発表をする機会があるのなら高校生にもぜひ読ませたい。わかりやすくて、いつまでも手元に置いておきたい深さをもった良書だ。


もう1冊の『ポイントで学ぶ国際会議のための英語』は、国際会議 ― 最近は日本国内でも国際会議は頻繁に開催される ― で発表することに関する、会議出席の手続き、英文手紙の書き方、論文投稿の手続き、国際会議後の大学研究室・研究所訪問、Eメールや電話での英語について具体的に指南する。


ポイントで学ぶ国際会議のための英語(Amazon.co.jp)


私の知る限り、こういった英語使用に関しての日本人の評判は概して悪い。書かれた手紙は証拠になり、人を招待する時などには契約書を書くつもりで条件を明示するべき (13ページ) なのに、ビジネスレターの5C原則 (Clear, Complete, Concise, Correct, Courteous) を守らず、後々のトラブルを招く。レターヘッドのないただの白い紙に書かれた手紙は私信とみなされるのが普通 (15ページ) なのに平気でコピー用紙で手紙を書く。大学研究室・研究所訪問は、研究上の有益な情報の "fair exchange"が原則 (57ページ) なのに、空港で買った安物の日本趣味みやげを渡して、30分要領を得ない話をして記念写真を撮って帰る。そして「彼/彼女らは何をしに来たのか。観光旅行のついでにここに来たのか?」 といぶかしがられる。こういった悪評を払拭するためにも本書はきちんと読まれなければならない。

また、ますます国際誌での業績が求められるようになっている昨今、本書が解説している論文投稿の手続きは、研究者にとって貴重な助言である。大学院生や若い研究者には必携の本だと言えるだろう。

私の極めて限られた経験の範囲での臆断に過ぎないが、理系の中でも特に工学関係者の書く本にはわかりやすいものが多い。内容を標準化し、それを誰にでもわかり、誤解されないようにまとめることに慣れているからだろうか。ともあれ、これら2冊は良書として広くお薦めしたい。



George Gopen & Judith Swan The Science of Scientific Writing

コラム

2009年11月04日

国立のある研究所で自ら生命科学の研究を進めながら、同僚・後輩の英語指導をする役割も担っているある科学者の方と先日、数時間にわたって理系の方々のための英語教育について語り合う機会をいただきました。私は自然科学(生命科学)での英語使用・学習についての情報を頂き、その代わりに日本の英語教育の現状をお伝えし、私がこれまで読んで面白かった本も紹介しました。この語り合いに結論めいたものがあるとすれば、それは残念ながら現在の日本の英語教育は科学者に対して十分に貢献していないということです。

しかし悲観論ばかり言っていても始まりませんから、少しずつ問題点を解明してゆきたいと思います。

以下は、その方からいただいたメールの一部です。皆さんにとっても貴重な情報かと思い、ここにその方の承諾を得て、掲載します。


柳瀬さん

先日はありがとうございました。

ご紹介いただいた本をいくつか読んでみました。もしかして参考になるかもしれませんので、一科学者からの感想を書きます。上の3つが良かった物で、特に『理科系のための英文作法』がよかったです。

杉原厚吉 『理科系のための英文作法』(中公新書)
とても面白かったです。最も科学者に役だつ本だと思いました。前にご紹介したGeorge Gopenの理論に匹敵するものがあると思います。物理系の研究者は、ちょっと不思議な特徴的な日本語を書く人が多いのですが、そういった人に人気が出そうな本です。

戸田山和久 『論文の教室』(NHKブックス)
面白かったです。論証のところは英語でも、理系でも役にたつと思います。しかも私の読んだことがある論理学の本よりはずいぶん読みやすいです。ただ文章の書き方の教えの部分は、日本語に特化しているので、残念ながら英語で論文を書かなければならない理系大学院生には使えないと思います。

開米・森川 『ITの専門知識を素人に教える技』(翔泳社)
これは良かったです。個人的には、これまで聞いたことがない情報がいろいろあり、なるほどというのも多くて楽しめました。ドラマチックパターンなどは、特に、プレゼンテーションにも使えると思います。

佐藤健 『SEのための「構造化」文章作成の技術』(技術評論社)
上の3つには負けますが、けっこうおもしろかったです。ただ日本語に特化している部分がほとんどなので、英語論文が必須の理系大学院生には使えないと思いました。

これ以降はほぼ互角という感じです。

(中略)

いろいろ読んでみて、工学系の人がいう「技術文書」というのと、理学系の人が書きたい「科学論文」というのは、かなり違うものだと感じ始めました。誤りがない明解さというのはもちろんどちらにも必要ですが、理学系の科学論文では、それに加えて、読者を洗脳して納得させるストーリー展開というのが、より重要になってきます。そこが、最も学生たちに教えたい部分で、どの本でも見つからない部分のような気がします。

(後略)


このメールで印象的だったのは、理学系の科学論文ではストーリー展開が大切だということです。これはカーネギーメロン大学で20年以上研究生活を続けられ、ロボット工学の分野で最先端の研究を行なっている日本人科学者が強調していることでもありました。

金出武雄『素人のように考え、玄人として実行する』(PHP文庫)

理系の方々に資するため、文系の人間はもう少し自らの本丸である「語り」についてきちんと研究をするべきなのかもしれません。

語りの構造として有名な本としてはケネス・バーグの『動機の文法』がありますが、恥ずかしながら私は持っているだけで未読です。比較的新しいところではジェローム・ブルーナーの『ストーリーの心理学』でしょうか。これは一度読んだだけになっていますので、再読したいと思います。


その文系的課題はともかく、上記の生命科学研究者が何度も強調したのがGeorge Gopenの書き方指南です。幸いこの人の考えの概要はネット上で知ることができます。


The Science of Scientific Writing
http://www.americanscientist.org/issues/feature/the-science-of-scientific-writing/


著者(George Gopen & Judith Swan)自身は彼らの主張を7つの原則に凝縮しています。ここではそれらを私なりにわかりやすいように意訳して掲載します。原文は下のURLでご確認下さい。
http://www.americanscientist.org/issues/feature/the-science-of-scientific-writing/9

  1. 英語では主語を提示したら、できるだけすみやかにそれを受ける動詞を提示せよ。
  2. 書き手が強調したい「新情報」は文頭でなく文末の「強調箇所」 (the stress position) に置け。
  3. 文の話題である人・物は文頭の「トピック箇所」 (the topic position) に置け。
  4. トピック箇所に「旧情報」(既に述べられた情報)を置き、前とのつながりを明確にし、旧情報に続く新情報に関する状況を明確にせよ。
  5. 英語では可能な限り、文の主語が行なう行為・行動・作用 (action) は名詞でなく動詞で表現せよ。
  6. 読者に何か新しいことを考えさせる前には、そのための状況を明示することを原則とせよ。
  7. 情報量と構文を対応させ、簡単なことは簡単な構文で、複雑なことは複雑な構文で表すことを原則とせよ。

さらに私がこの論文を読む中で重要と思った点を以下に箇条書きします。

  1. 情報提示に関する読者の期待には一定のパターン(「旧情報→新情報」)がある。そのパターンを守って情報を提示せよ。
  2. 書き手はしばしば次から次に頭に浮かぶ新情報をとりあえず文頭に書き留めてそれを読者にそのまま提示するが、そういった文章はしばしば「旧情報→新情報」のパターンに沿っていないものである。書き手の都合でパターンを崩すことは避けよ。
  3. 「旧情報→新情報」の提示パターンが崩れると、たとえ文の統語や単語が簡単でも読者は書き手の強調したいことがわからなくなり混乱する。
  4. 多くの科学的書き物は「旧情報→新情報」の提示パターンの乱れにより不必要に難しいものになっている。たとえ専門用語が多く出現しても、書き方の原則に適っていればわかりやすい文章になる。
  5. 文頭に新しい情報を満載しながら、それを受ける文末でたいしたことを言わなければ読者は読む気を失う。
  6. 文頭ではトピックが提示されるが、それはしばしば読者に文を読むための視点 (a perspective)や状況 (context) を示すものである。
  7. 文であろうが段落であろうが、一つのユニットには一つの機能しかない。それはポイントを一つだけ提示することである。ポイントの提示箇所は末尾の強調箇所である。
  8. 文全体の長さ、特に文頭部分と中間部分の長さを決めるには読者の思考の負担に配慮せよ。読者の「思考の呼吸」 (mental breath) の長さに合わせて文頭でトピックを提示し中間部分で説明を補え。
  9. 読者が丁度「息」を吐きたくなる頃に文末 (強調箇所) を作り新情報を提示せよ。そうすれば読者は報われた気持ちになるだろう。
  10. 強調箇所は文末で形式的に明確にで示される。文末を示すにはピリオドだけでなくセミコロンやリスト形式もある。思考の流れが続きながらも一文で表現することが難しい場合はセミコロンやリスト形式を使え。
  11. 一つの文の中に強調箇所が複数あるように読者に思われたら、それはその文が長すぎるということである。
  12. 書き手の考えは必ずしも書き手の期待通りには伝達されない。書き手は注意深く書いて、多くの読者を書き手の意図に沿った解釈に導くことができるだけである。「うまく書くこと」抜きに科学という文化は成立しない。科学者の仕事はデータの発見と報告だけではない。
  13. 「うまく書くこと」に規則はないが、原則はある。機械的に考えず柔軟に対応せよ。

多くのポイントは上記の7つの原則から導き出せるものかもしれませんが、BやCは十分頭に入れておくべきでしょう。またEやFも、文頭文を書く際に覚えておくべきことです。さらに「読者の呼吸」を考えたHとIそしてJは具体的な助言かと思います。

このThe Science of Scientific Writingは長いものではありませんので、どうぞ読者の皆さんもご自分でお読み下さい。



John Kirkman著、 畠山雄二・秋田カオリ訳 『完璧!と言われる科学論文の書き方』 (2007年、丸善)

コラム

2009年12月04日


完璧!と言われる
科学論文の書き方
(Amazon.co.jp)
欧米各国・中東・香港などの、大学・大企業・研究所・政府機関などでコミュニケーション学を教えてきたJohn Kirkman氏が書いた"Good Style: Writing for science and technology. 2nd edition" (2005, Routledge)の翻訳書である。

基本的に英語を母語とする科学者・技術者のために書かれた指南書だが、英語を第2言語とする私たちのためにも有益な情報を提供としている。もちろん第2言語としての英語使用者にとっての「入門書」「初級本」とはいえないが、母語話者しかわからないようなことが書かれているわけではない。英語できちんとした文書を書こうとすれば、英語が母語であれ第2言語であれ、きちんと理解しておくべき文体論が豊富な例文で示された本だといえる。

英語の文体について書かれた本であるので、引用される例文自体は当然のことながら英語であるが、良い例として引用された例文には日本語翻訳が添えられている。引用以外の地の文はもちろん日本語翻訳であり、翻訳は「訳書であることを忘れてしまうぐらいにこなれた日本語になっている」ことを目指しただけあって読みやすい。私たちは英語の本を読めないわけではないのだが、このような翻訳書は、英語原著を読むより何倍も (あるいは何十倍も) 速く読了できるので、時間のない人間には本書のような翻訳書の刊行はありがたい。

本書は25の章から構成され、最初の15章が広義の文体 (style) を論じた章、残り10章が各論となっている。目次 (および内容の一部) は丸善のホームページで確認することができる。
http://pub.maruzen.co.jp/


「文体」といってももちろんこの本では個性や審美を表現するための文体を扱っているわけではない。ここでいう文体とは、「私たちが文をどう読んでいるかという認知的な側面と、どうやったら文を分りやすくすることができるのか」 (54ページ)という観点から文章を整理して書くことである。つまりは書き手が言いたいことを情報の正確性は犠牲にせず「読者が一度に処理できるだけの量」の情報 (5ページ)に減らして、読者にとっての情報の「扱いやすさ」 (manageability) (11ページ) という観点から文章を自ら編集することだ。そのためには、 (i) 扱っているテーマ、 (ii) オーディエンス (聴衆)、 (iii) コンテクストの3つの要因を常に考えよと筆者は述べる (3ページ)。

だから文は単純に、長くては駄目というものではない。ぶつ切りのような短い文が羅列されると、話が細切れになり読んでいてイライラするからである (第2章) 。専門用語は必要に応じて使わなければならないが、「かっこいい」ように思えるからという理由だけで語彙選択をしていると思わぬ誤解を招くことがあることも気をつけなくてはならない (第5章)。「遠回し」な文体も何となく重厚な雰囲気を醸し出すと誤解されがちだが、実際は文を不必要に長くわかりにくいものにしているだけのことが多い。特に、抽象名詞にtake place, occur, perform, effect, achieve, accomplish, result, carry out, conduct, observe, find, be seenなどの「一般目的動詞」 (general-purpose verbs) (66ページ、86ページ)を組み合わせている時は要注意だ (第10、12章)。

注意深い読者は、上の「一般目的動詞」の英語がハイフン付の "general-purpose verbs" であることに気づかれたかもしれない。もちろんこれはハイフン無しの "general purpose verbs" でも可なのだが、時にはハイフンの有無が、文理解の難易あるいは成立の決定的な要因になる。

例えば

"He observed that bacteria carrying dust particles decreased in concentration."

という例文 (107ページ) だが、このthat節の主語はbacteriaだろうか、それともparticlesだろうか。もしbacteriaではなく、particlesだったらどう書けばいいのだろう。 (答えはこのエッセイの末尾)。句読法は退屈な規則ではなく、文意を明確にするための有効な工夫なのである (第14章) 。

日本語を母語とする読者にとって特に興味深いのは、名詞の前に形容詞や形容詞的な働きをする名詞を置く「前位修飾」 (pre-modification) についての章 (第7-8章)。である。周知のように日本語では多くの修飾語を名詞の前に置いてもさほど問題ではないが、英語ではそのような過剰な前位修飾は文理解を妨げる。理解しにくいだけでなく、"is achieved by straightforward key operation"といった簡単な構造でさえ、"straightforwad"なのは"key"なのか"operation"なのかが、背景知識のない読者には理解不能になる ("straightforwad"なのが"operation"なら"is achieved by straightforward operation of the key"と書くべきであろう)。

しかしながら、この本は「こうしなさい、ああしなさい」といった規則集ではない。むしろ著者は原則にすぎない傾向を「規則」として誤解して、さらにその規則を機械的に適用して悪文を作ってしまう例を再三指摘している。著者が勧めているのは、「多様性」と「柔軟性」 (4ページ) であり、「ドグマティック (教条主義的) にならない」(204ページ) ことである。

このような意味での「文体」という点から考えると、英語を書くということはただ「文法的」かどうかというのではない (2ページ) ことがよくわかる。この紹介記事では抽象的なことしか書いていないが、ぜひ本書を実際に手にとって、良い英文・良くない英文の実例を吟味しながら文体についての理解を深めたい。


本書の後半は具体的なテーマについての各論であるが、第16章ではコンピュータ業界の英語についてよくわかる。日本でもコンピュータ操作中に出てくるメッセージの不可解な言語表現がよく話題になり、しばしばそれは翻訳が悪いからだとされているが、本書を読んでいると、それはそもそもコンピュータ業界の人たちがずいぶん乱雑に英語を書いているからではないかと思えてくる。

第22-24章は、ノン・ネイティブを念頭に英語を書くことについての章である。私たちは自分自身がノン・ネイティブであるが、そんな私たちにとっても、自らの英語表現の到達目標を考える際に有益な章である。筆者は

"Production is to all intents and purposes static, tending if anything to decline."

という文を例にして、ノン・ネイティブ向けの文書ではこのような表現を使うのではなくあっさりと"Production is falling slightly."と書くべきではないかと示唆している。英語力自慢の読者なら小馬鹿にされたように思い憤然とするかもしれないが、私はこのような態度は一つの考えだと思う。少なくとも私たちノン・ネイティブは英語学習の目標設定をする場合、それは人文系のクリエイティブな表現なのかそれとも理工系のテクニカルな表現なのか、しかもそれぞれを理解できることだけを目指すのかそれとも自ら表現できることまで目指すのかを区分けして考えるべきだろう。


自ら英語論文を書く日本人読者にとっては、機能的な英語文体について速読で学べる良書かとも思います。


*****

答え: bacteriaとcarryingの間にハイフンを入れて、

"He observed that bacteria-carrying dust particles decreased in concentration."

とすればthat節内の主語はparticlesであることがすぐにわかる。



原賀真紀子 (2009) 『「伝わる英語」習得術 ― 理系の巨匠に学ぶ』 朝日新書

コラム

2010年1月12日


「伝わる英語」習得術
― 理系の巨匠に学ぶ
(Amazon.co.jp)
英語習得の本質を語りながら、英語習得という狭い枠組みを超える圧倒的に面白いインタビュー集だ。なにしろ人選がすばらしい。フォーク・クルセイダーズのメンバーである精神科医 (きたやまおさむ先生)、ハイネの詩集と艶笑落語を愛するノーベル賞物理学者 (小柴昌俊先生)、「バカの壁」を天下に明らかにした解剖学者 (養老孟司先生)、たぐいまれなる人間通の医師 (日野原重明先生)、『チームバチスタの栄光』作家で病理医 (海堂尊先生)、そして「竹の家」の美的感覚で国際的評価を得る建築家 (隈研吾先生) ― これらの選ばれた「理系の巨匠」は専門分野での活躍もすごいが、文系的な素養がすばらしく豊かである。だから話の内容が「いかにもありそうな話」に決してならず、深い知恵が柔らかな言葉で語られる。インタビュアーの原賀真紀子氏、編集者の河野恵子氏の労を讃えたい。


これだけ多彩な識者が語る英語習得の本質は存外に単純だが、その本質から示されてくることは深く豊かだ。

英語習得の本質は、冒頭のきたやまおさむ氏が三点によくまとめていて、その後の登場人物もこれらの点を彼らなりに繰り返す。ごく単純にまとめるなら、英語を使うコツは、使うときの「態度」、話の「内容」、話す「方法」に尽きる。

第一の「態度」とは、直近の英語使用から一歩離れた、客観的でリラックスした自分を持つことである。それは「ユーモア精神」をもつことであり、若いうちに名文を身体に叩き込んで英語のリズムを「教養」として体得することであり、それぞれの文化がもつ「歴史」を学んでおくことである。「ユーモア精神」も「教養」も「歴史」も、昨今しきりに学校教育で強調される「すぐに役立つ」ものではない。しかしそういった直接には役立たないような素養が「態度」として身についていることが、外国語としての英語を使ってのコミュニケーションを根本基盤になっているとこの本の識者は口をそろえている。

第二の「内容」とは、英語をどう話すかといった以前に、どうしても伝えたいという信念と自信をもった話の中身をもつことである。これさえあれば、恥ずかしいとかいった余計な感情も消え、なんとか伝えようとする。また聞いている方も、話し方よりも何よりも、その人のメッセージを聞こうと前のめりになって聞いてくれる。学校英語教育は「英語」という教科の枠組みで行なわれるから、どうしても英語の話し方ばかりに注目がいくが、現場で大切なのはなんといっても話す内容である。「英語が上手になったから英語を使おう」というのは英語教師的な発想である。理系を始めとした英語使用の現場の発想は「とにかく使わなければならないから英語を使い、使っているうちに英語も上達する」である。英語教師も、英語学習者の「話し方」だけでなく「話」を育てなければならない。(そしてこれは既に優れた現場英語教師が実践していることである)

第三の「方法」とは、英語を話すときはとにかく具体的に、即物的に記述することを心がけることだ。「自分がその事物についてどう思っているか、どう感じているか」ではなく、誰でも納得せざるをえない事物の外観・構造・機能を説明することが英語によるコミュニケーションでの説得力と信頼性を高める。事物が目の前にないなら資料でもスライドでも何でも総動員して徹底的に具体的に話せと識者は語る。

このように英語を使うコツは、英語に捕らわれず、自分が納得している内容を、徹底的に具体的に語ること、とまとめられる。しかし、この本はそういった英語習得術だけにはとどまらない。英語習得の枠組みを超えて、日英での言語的コミュニケーションの考え方の違い、ひいては身体的コミュニケーション観の違いも語られる。

精神科医のきたやま先生は、生化学や解剖学といったはっきりと対象が見える理系分野では日本人も英語を使って活躍しやすいが、こころの問題を扱う分野では日本人の活躍はあまり見られていないことを報告する。「自分がない」や「私は自分を殺して生きています」といった日本語文化では当たり前の表現が、英語文化 (この本の識者は英米文化に限らず広く欧米文化を語っているが、ここでは便宜上「英語文化」という言葉を使う) ではある意味驚くべき発想の文化であり、それを英語で表現することは想像以上に困難なのだ (精神病理医で臨床哲学者の木村敏先生も数々の著作でこれと同じことを述べていることを評者としてはつけ加えておきたい)。

考えてみれば、自分の中に明確に意識されていない「無意識」なる領域があり、人間はしばしばその無意識に支配されているというフロイトの説は、19世紀から20世紀にかけての欧米ではスキャンダラスなぐらいの大発見として思想史上に残ったが、多くの日本人にとってそんな「無意識」など当たり前で特に言葉にすることのものでもないだろう。さらに「自分」という存在が刻々と変わる存在であるということは、20世紀末から21世紀にかけて欧米では「ポストモダン」という言葉などで大々的に語られたが、これも多くの日本人にとって驚くことでもなんでもない。

解剖学者の養老先生の対比を借りれば、「はじめに言葉ありき」の文化と「言葉にならない部分が最初にある」ことを当然とする文化の差であり、それは根源的な差と言ってもいいものかもしれない。

建築家の隈先生は、英語でのプレゼンテーションでは演劇的で思い切って「見得を切る」ことが重要だが、日本語でのプレゼンテーションでは「あ、この人って意外にいい人なんだ」と思ってもらうことが大切だと言う。つまり英語のプレゼンテーションは、プレゼンテーションの具体的な内容を説得的に説明するために行なわれるが、日本語でのプレゼンテーションは人間関係の潤滑油をつくり出すために行なわれるわけである。

この根本的な違いは身体作法にも色濃く出ている。英語を使い始めると急に身振り手振りが大きくなる日本語者はよく見られるが、言語習得とはボディーランゲージの変更を伴うものである。人間のコミュニケーションには「言葉でわかる」以上に「体でわかる」ところがあるから、外国語を習得しそれを母国語と使い分けるというグローバリゼーションの現実とはかなり大変なことなのだと養老先生も説く。

日本語は曖昧だともよく言われる。英語なら"I"だけで終わるのに、日本語では「私」「僕」「自分」「先生」「お父さん」などと使い分けなければならない。会話では「ほう」「あぁ」「なるほど」と言うが、必ずしも話の主張に同意しているわけでもない。「ノー」と言わずに「ちょっと難しい」と言い、「あの、そろそろ・・・」「やってみますけど・・・」といった最後まで言い切らない発言が多用される。

これらの曖昧さは、英語を話す際の大きな障壁になる。著者の原賀氏も述べるように、漠然と日本語的な感覚をそのまま英語に持ち込んで話そうとすると、しばしばその英語は通じないし、伝わらない。だから日本人は、英語を習得しようとするとき、実は日本語文化というものをきちんと自覚しておかなければならないのだ。

とはいえこの日本的曖昧さは、棄て去るべき悪いものではない。外国語として日本語を学ぶ者は、上述のような曖昧な日本語表現を他言語にはあまりない、便利で使い勝手のよい表現とも捉えることがある。曖昧でいてその場の状況にぴったりと合った表現を使い分ける日本語は「コミュニケーションのルールがとても明快だ」とは、日本語をマスターしたあるイギリス人の述懐だ。

英語文化においてもベトナム戦争以降、ポップスに "sorry" という言葉が頻繁に現れ始めたと精神科医 ―そしてフォーク・クルセーダーズ!― のきたやま氏は観察する。ましてや9.11以降、英米文化も強烈な自我を貫徹することが正義なのかということを深刻に疑い始めている。

きたやま氏はこう語る。


だからね、このごろ外国人と酒を飲んでしゃべっていても、なんだかほとんど日本人と変わらないなと思う。彼らも迷っているし、我々から学びたがっているし、神様も八百万じゃないけど、たくさんいたほうがいいと思っている。ようやく我々は、ほんとうの英語に出合えるというか、自分たちをわかってもらえる相手に出会えるようになってきたのだと思います。 (30ページ)

グローバリゼーションの中での英語習得とは、日本語・日本語文化の単純な廃棄でも反動的な礼賛でもない。「理系の巨匠」が呈しているこれらの問題に、人文系であるはずの英語教師はどのように応えるのだろうか。



河本健 (編)(2007) 『ライフサイエンス論文作成のための英文法』羊土社

コラム

2010年2月13日


ライフサイエンス論文
作成のための英文法
(Amazon.co.jp)
総合大学での公然の秘密の一つは、英語の先生には英語の使い手が世間が思うほど多くなく、理系の先生には英語の使い手が世間の予想以上に多いということだ。

理由は簡単だ。理系の先生には毎日英語と格闘している人が多い(というよりほぼ全員だろう)。他方、英語の先生は ―私が所属している「英語教育」の世界を筆頭に― 日本語中心で研究を進めている人が少なくない。だからである。(注)


ここに運転免許を取ったばかりのAさんとBさんがいるとしよう。Aさんは運動神経バツグンで免許試験も一回で合格する。他方Bさんは不器用なタイプで免許試験も数回落ちてやっと合格する。

Aさんは免許取得後すぐにスポーツカーを買い、月に一、二回はドライブを楽しむ。満員電車の通勤から解放されるたまのドライブはAさんにとってのなによりの贅沢だ。

他方Bさんは、どういう運命の巡り合わせか、宅配便会社に勤めることになる。毎日車の運転ばかりだ。会社のイメージのために安全運転は当然である。しかし安全運転だけでは不十分で、Bさんはいかに速く合理的に目的地に着くかという技術を日々向上させなければならない。だから地域の渋滞事情や運転手のマナー状況を熱心に学ぶ。仕事の成功は車の運転技術向上抜きにありえないからだ。

さて五年後、AさんとBさんのどちらの運転が上手になっているだろうか。あなたは助手席に座るとしたら、あるいはあなたの子どもを預けるとしたら、どちらが運転する車を選ぶだろうか。わからない? それなら十年後はどうだろう。私はもちろんBさんを選ぶ。

学校卒業時の成績など、キャリアスタート時の差を示しているだけである。高度知識社会においては、学校で学ぶ知識・技能と、学校を卒業してキャリアの中で学ぶ知識・技能を比べれば、後者の方がはるかに大きい。圧倒的に。決定的に。

理系教員の圧倒的多数は英語で論文を書くことを日常としている。このニーズを、論文を書く際はおろか読む際ですら日本語を使うことが多い(一部の)英語教員は実感できていない。

「いや、私は毎日英語に接している!」と息巻く英語教員も多いかもしれない。だがそう言う人の少なからずは、まさに英語に「接している」だけだ。見聞きしたい映画やニュースを見聞きし、読みたい雑誌記事・小説などを読み、自分で書きたいことだけを書き ― その人達にとって最も象徴的な行為として ― 自分で喋りたいことを会話でしゃべっている、それだけに過ぎない。

理系の英語使用は異なる。理系にとってまず大切なのは書き言葉としての英語であり、話し言葉ではない。もちろん学会発表での英語は書き言葉原稿を読み上げるだけのものではなく、話し言葉用に簡略化したものであるかもしれない。しかし理系英語の基盤は書き言葉である。学会口頭発表で伝えることも論文についてのことである。とにかく正確に論文が読み書きできなければならない。

正確に読み書きというのは、「読みたいことだけを読む」「書きたいことだけを書く」ではない。論文に書かれているので正確に「読まなければならないことを読む」のであり、自らの理論と実験結果を正確に伝えるために「書かなければならないことを書く」のである。

「読みたいことだけを読む」「書きたいことだけを書く」ことは、さきほどのAさんの時折のドライブに似ている。「読まなければならないことを読む」「書かなければならないことを書く」ことはBさんの業務運転に似ている。AさんよりBさんの方の運転技術が上がるように、私は「読みたいことだけを読む」「書きたいことだけを書く」人より「読まなければならないことを読む」「書かなければならないことを書く」人の英語力の方が上がると信じている。

英語を正確(かつ大量)に読まなけければならない理系の中でも、ライフサイエンスはおそらく今もっとも進展が激しい分野だろう(ライフサイエンス系の発見は、一般の新聞でもほぼ毎日報道されている)。そういう背景もあってか、日本のライフサイエンスに従事する人々の英語使用=学習環境は非常に充実している。


ライフサイエンス辞書オンラインサービス
http://lsd.pharm.kyoto-u.ac.jp/ja/service/weblsd/index.html


の無料辞書サービスは本当に感動的である。英和・和英の両方で使えることはもちろんのこと、音声や類義語もすぐにわかる。他の便利な検索サービス (Google Scholar, Entrez, Google, Wikipedia)もすぐに使えるようになっている。共起表現も非常に優れており、コーパスデータが一気に示される。ソートを変更したりもできるし、左端の番号をクリックするだけで原著論文にもすぐにアクセスできる。


このサービスを日常的に使おうと思えば各種のダウンロードをすればいい。

辞書ダウンロード
http://lsd.pharm.kyoto-u.ac.jp/ja/download/index.html

「ライフサイエンス辞書ツールバー」をダウンロードすればWebブラウザの上部にこの「ライフサイエンス辞書オンラインサービス」専用の検索窓が常設される。

さらに便利なのは「ライフサイエンス辞書ツール(Firefox 用マウスオーバー辞書)」であり、これをインストールすることで、Webブラウザ (Firefox) でカーソルを当てた場所の英語の和訳が、自動的に半透明の画面で表示されるようになる (この機能のオン・オフは簡単なので、必要な時だけオンにすればよい)。

また、EtoJ Vocabularyを使えば、短い英文なら、その英文の単語からすぐに「ライフサイエンス辞書」に飛ぶことができる。とにかく便利なことこのうえない。

EtoJ Vocabulary
http://lsd.pharm.kyoto-u.ac.jp/ja/service/etoj_v/index.html


百聞は一見に如かずで、このYouTube説明をどうぞ御覧下さい。

http://www.youtube.com/watch?v=I1J4YyQYdRo

(なお、このプロジェクトに関する学術的報告は「アーカイブ」にある)
http://lsd.pharm.kyoto-u.ac.jp/ja/document/archive/index.html


このようにライフサイエンス系の語彙については、感動するばかりのサービスがオンラインで得られる。しかしここで欲しくなるのは文法に関する知識である。文法の知識というのは、語彙以上に何度も参照するものなので、できれば書籍の形で入手したい。

そのニーズを満たしているのが今回紹介する『ライフサイエンス論文作成のための英文法』だ。ライフサイエンスの一流国際誌に掲載された学術論文の膨大なデータベースを基にして、「日本人が英語論文を書く」という目的に特化した構成となっている。

第一章「論文でよく使われる品詞の種類と使い方」でも、第二章「論文らしい長い文の作り方」でも、第三章「論文によく用いられる重要表現」でも、一貫して、正確で論理的な英語論文を書くための説明と豊富な例文が掲載されてある。特に第一章の「8 意味の似た前置詞の使い分け」や第三章の「3 比較の表現」などの節は有益だ。

目次や内容見本は羊土社のホームページへ
http://www.yodosha.co.jp/book/9784758108362.html

また巻末のコラムも秀逸で、論文頻出語 "role" の冠詞・前置詞・動詞の共起関係に関する考察と検証、他の論文頻出語 (名詞) で定冠詞が多く不定冠詞が少ないパターン、"My friend came to me." や "What is your hobby?" といった英語の含意が生じさせかねない誤解、などに関するエッセイが面白く読める。

また「の」の英訳に関するエッセイもとても面白い。以下の「の」はどう英語に翻訳をすればいいのだろうか。前置詞というのは日本語話者にとって鬼門である。


「肺癌の患者」「腹痛の薬」「年齢の差異」「血圧の変化」「ウサギの実験」「新薬の実験」「化学の実験」「終末期の患者」「精神医学の本」「ラバとロバの違い」「カズオイシグロの小説」「京都 (出身) の人」「博物館の入り口」「肝移植施術の理由」「鴨川の橋」「京都のガイドブック」「SARSの懸念」「地球温暖化の解決策」「ダイアナ妃死因の調査」「成功の秘訣」 (答えは本書の261-262ページをご覧下さい)


ライフサイエンスに従事している人はもとより、理系一般の人、さらには理系のニーズに応えようとしている英語教育関係者にはぜひともお薦めしたい本だ。


ただ、英語教育界に所属する私としては二つほど気に懸かることがある。

一つは、このすばらしいプロジェクトが、ライフサイエンス研究者の研究・教育活動の一種の副産物として生じているということである。ここには英語教育関係者の関与はほとんどない もっとも『ライフサイエンス論文作成のための英文法』の監修者の一人は京都府立医科大学の外国語教室教授である大武博先生 (応用言語学・コーパス言語学) であるが、このプロジェクトが英語教育研究者というよりはライフサイエンス研究者主導でおこなわれていると解釈してもいいだろう (下記サイト参照)。

Life Science Dictionary (LSD) プロジェクトについて
http://lsd.pharm.kyoto-u.ac.jp/ja/about/about_lsd/index.html

日本人の英語使用や英語学習を支援するというのを英語教育研究の重要な特徴の一つとすれば、このライフサイエンス辞書プロジェクト以上の英語教育研究を見出すことは容易ではない。このプロジェクトが理系研究者主導でおこなわれているということを、英語教育研究者はどうとらえるべきなのだろうか。

二つめの懸念は、この本で使われている文法用語についてである。この本では伝統文法での用語が便利な説明概念として多用されているが、最近の学校英語教育を受けた若者はこれらの説明概念をきちんと理解し使いこなすことはできるのだろうか。私の狭い見聞では、最近の大学生は文法概念を必ずしもきちんと理解していない。理解している少数者は、熱心な塾や予備校の文法教育のおかげであると知ることも少なくない。新しい高校の学習指導要領は「英語の授業は英語でおこなうことを基本とする」と宣言している。これを表面的に解釈するなら、きちんとした (必要最小限の) 文法教育を日本語でおこなうことは、英語の授業では忌避されるべきとも読める。もしこの解釈が正しい (あるいは蔓延する) としたら、新学習指導要領はこれからの若者 ― 特に読まなければ「ならない」ことを読み、書かなければ「ならない」こと書く理系の若者 ― の英語力にどのような影響を与えるのだろうか。


このコラムで再三再四言っているように、英語教育関係者は理系に学ぶ必要があると私は考えている。

(注) ただし、文系教員が日本語を基盤として研究をし、英語でそれほど論文を書かないというのは、文系教員の怠慢のせいばかりと言えないことは、先月紹介した原賀真紀子 (2009) 『「伝わる英語」習得術 ― 理系の巨匠に学ぶ』 朝日新書にも書かれている通りである。日本の言語や文化に依存した概念を英語に翻訳するのはそれほどに容易なことではない ― 少なくとも理系の学問と比較したら。あるいは、あり合わせの英語表現で日本的な概念を英訳できたと妥協するのでなければ ―。
私はむしろ英語教員は、これまで以上に英語と日本語の差、およびその差がもたらす影響といった、今は流行らなくなった対照言語学的考察を明示的に行い、「英文和訳」「和文英訳」といった「直訳」のレベルを越えた「翻訳」についてもっと丁寧に考えるべきだと考えている。日本のように「国語」が発達した国では、人文系の人間は外国語を使用して世界を広げる一方で、翻訳を通じて自国の「国語」の可能性を開拓し成熟させる責務をもつ (少なくとも幕末以来の日本の知識人はその責務を果たしていたからこそ、日本文化と日本語は現状の成熟に至っている)。これについては水村美苗 (2008) 『日本語が亡びるとき ― 英語の世紀の中で』 筑摩書房 をご参照いただきたいし、私自身ももう少し考えを深めてゆきたい。



Ann m. Körner著、瀬野悍二 (2005) 『日本人研究者が間違えやすい英語科学論文の正しい書き方』 羊土社

コラム

2010年3月08日


日本人研究者が間違えやすい
英語科学論文の正しい書き方
(Amazon.co.jp)
この本の最後の"valedictory"(「免許皆伝!」)は、「(1) 常に投稿規定に目を通してその要項に従うべし。(2) 常に明確さと整合性を目指すべし」となっている。(2)はともかくも、なぜ(1)のように「些細な」ことをこのような本が力説しなければならないのかといぶかしく思う人もいるかもしれない。

しかし著者であるKörner博士は、1985年以来、延べ7000編の英語投稿論文の査読修正に携わってきた科学者 (生物科学) である。概算で日に平均1編の査読修正を20年にわたって続けた人 (序文)の言う事には謙虚に耳を傾ける方がいい。

彼女は「目標は常に1つ、投稿先雑誌の編集長 (editor) と審査員 (reviewer) が好感をもって受理する論文を書くこと」と序文で言い切る。というのも競争の激しいScience誌なら投稿論文の65%が審査に回されることもなく1週間か10日以内に却下され著者に返送され、審査過程に残ってもその10%しか採択されないからだ (22ページ)。

たくさんの原稿を毎日受け取る編集長はスーパーマーケットで買い物をする客とそんなに変わりません。買い物客はすべての陳列棚の品を瞬間的に目に入れながら通路を歩き進み、目をとめた商品は手にとって見て、その内のいくつかだけをかごに入れるわけです。 (113ページ)
だから論文はもとより、編集長への手紙にも細心の注意を払わなければならない。論文もTitle, Abstract, Introduction, Materials and Methods, Results, Discussion, Acknowledgements, Rererences and Notesなどそれぞれに内容を明確に伝えつつ、細かな投稿規定にそって書き進めなければならない。大量の書類を読んだ者なら誰も知ることだが、書式の間違った文書というのは本当にイラつくものだからだ。
投稿規定にこんなに細心の注意をはらうのは時間の無駄だと思うかも知れませんが、要項の細部に従わなかったためにどれだけ発表が遅れる羽目になるかを知って驚くことになります。さらに踏み込んで強調したいのは、投稿規定に従って適正に書式を整えた原稿は、そうでない原稿に比べて受理されやすいことです。 (26ページ)

些細に見えて実は大切なのは投稿規定だけではない。文法もそうだ。

正しい文法で書かれた文は情報を伝える明確な手段として有効です。研究者同士は今や国を越えて結ばれ、共通言語は英語です。もしあなたの論文がはっきりと正確に書かれたものなら、世界中の研究者が理解できます。もしあなたの英語が文法的にミスを冒し、口語調だったりいい加減だったりすると、相手はあなたの言わんとすることを理解するのに大変苦労します。 (27ページ)

かくして著者は英語教師でも言語学者でもない自然科学者なのだが、これまでの査読経験で多く見られた文法に好ましくない英語を丁寧に解説する。

例えば、修飾関係から生じる


× The cells were grown in ABC medium containing glycine.
○ The cells were grown in ABC medium, which contained glycine. (29ページ)


× Based on our results, we shall present a model of the detailed dynamics of the complex photochemical reaction.
○ In the Discussion, we shall present a model of the detailed dynamics of the complex photochemical reaction that is based on our results. (69ページ)

× Briefly, the data were subjected to statistical analysis, as described by Gifted et al. 82002), and statistically siginificant correlation coefficients were recorded.
○ In brief, the data were subjected to statistical analysis ... (77ページ)


の正誤や、同格関係から生じる

× Due to the presence of an enzyme, we saw blue colonies. ○ The formation of blue colonies was due to the presence of an enzyme in the cells. (35ページ)

の正誤に気をつけるよう著者は忠告する。こういった「なんとか意味は伝わる」ような英文も、複雑な内容を高速に処理しなければならない科学論文では、読解の障害につながるからだ。

また、曖昧さを生じさせる


This is an important point.

といった「"this"の単独使用」(33ページ)は可能な限り避けることも重要だし、単純だが

two year-old horses と two-year-old horses
の違いなどもきちんと使い分けておかねばならない。

理系には文章力は必要ないというのは明らかな間違いである。むしろ理系こそ文章力 ―伝えなければならないことを正確かつ快適に伝える文章力― が必要なのだ。

著者はこうすらも言う。

数年前、私は科学論文の書き方についての学部学生向け講座を頼まれました。私は、理系学生にとっては講座よりもJane Austen全集を読ませた方が有益でしょうと、依頼をお断りしたことがあります。本書の読者に同じことを提案するつもりはありませんが、文学作品の古典をできるだけお勧めします。それほどに努力を要しない読書によって、あなたの作文力と語彙は向上します。 (43ページ)
本書はこのような観点から編まれた本で、科学論文を書く際の具体的指針と助言に充ちている。読みやすいレイアウトの比較的薄い本だから一気に読める。しかも訳・編者の瀬野悍二博士 (国立遺伝学研究所名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授)が、親切な注や補記をつけてくれてるので日本人読者のための情報も詳しく追加されている。

理系はもとより、文系でも英語論文を投稿するなら、この易しく具体的な本書は有益なレファレンスとなるだろう。





Kathy Barker著、浜口道成訳 (2004) 『アト・ザ・ヘルム 自分のラボをもつ日のために』 メディカル・サイエンス・インターナショナル

コラム

2010年4月10日

eknatthehelm.gif
理系の研究者が必要としているのは、「英語力」である以上に英語を使った「コミュニケーション能力」だと言えるだろう。

本書は次の言葉を引用している。

科学者のコミュニケーション能力はとびぬけて優秀である。コミュニケーションは科学者の活力の源にも等しい。論文として発表する前だろうが後だろうがおかまいなしに、仲間に自分の研究内容をどんどん配る。実験について話しあうのに使う電話代は天文学的数字。たがいの研究費の申請書を熱心に吟味する。他の研究室をひっきりなしにたずね、講義をし、話をし、相手の装置を使って実験する。数え切れないほどの学会に出席し、仲間が自分のアイデアを盗むのではないか、実験を出し抜かれるのではないかと、大なり小なり心配する。総じていえば、率直さとという習慣と科学の土壌となる知識がこうしたあけっぴろげさをもたらすのだ。 Hoagland, M.B. (1990) Toward the Habit of Truth: A Life in Science. W W Norton & Co Inc. p. 79


「一人で黙々と宇宙の謎に取り組む科学者などというイメージは忘れることです」(286ページ)とも著者は力説する。科学とは協働作業であり、協働作業の中核にあるのがコミュニケーションだ。


本書の引用は続く。

うまくつくられ、うまく管理されているチームは、無制限に継続しうる生き物である。自分の力で絶えず新しく生まれ変わるのだ。 Pecetta and Gittines (2000) Don't Fire Them, Fire Them Up: Motivate Yourself and Your Team. Simon & Schuster, p. 103)

科学者は、一人だけで成功をつかむことができない。科学者は誰よりも他人と協力しなければいけない。そのためには、言語を正しく使うというレベルを越えて、心地よく生産的な人間関係を築き上げる言語コミュニケーション力が必要となる。

組織の力は、人間関係から生まれる力である。・・・ 職場の人間関係がどのように集大成されるのか、それには仕事の種類でも、機能でも、序列でもなく、人間関係の形態とそれを築くための器量が問題となる。 Wheatley, M. (1994) Leadership and the New Science: Discovering Order in a Chaotic World. pp. 38-39.


だがその人間関係こそが難しい。

人々が心ならずも専門職を辞任したケースの70%から92%は、技術的な能力の不足 (仕事を遂行するための能力や技術的知識の欠如) とは無関係な、純然たる社会的な能力の不足 (組織の文化に適応する能力の欠如) が原因である。 Beatty (1994) Interviewing and selecting high performers. John Wiley & Sons. p. 71.


かくして研究室を主催・統括・経営するPrincipal Investigator (PI, 主任研究員)となった研究者はしばしば嘆く。

"研究室の切り盛りなんて教わらなかったよ"という嘆きは、PIからよく耳にします。PIになって数週間も経たないうちに、この結論に行き着くのです。それまでの勉強、実験、論文に没頭した時間は、実際に研究室を運営していく仕事にはなんの役にも立ちやしない、人間関係や組織を扱う技術が科学と同じくらい重要なのに、自分達はその技術を知らないのだと。(34ページ)


しかし悲観するには及ばないと、著者である微生物学者のKathy Barkerはこの本をもって科学者を元気づける。"At the helm: A Laboratory Navigator"(舵を取る:研究室を操舵する)と名づけられたこの本は、研究室というチームを成功させるためのコミュニケーションのあり方に関する具体的な知恵がちりばめられた読みやすい本だ。


内容は、研究室のミッション決定、リーダーとしての自覚と自己分析、研究室文化の育て方、研究室内外でのコミュニケーションの仕方(さらには文化差・性差・権力関係の影響)、各種のトラブル対処法、科学と家庭の両立と多岐に及ぶ。

レイアウトも特筆すべきで、さまざまな工夫がなされ、読みやすく美しい。情報洪水の現代では、情報・知識はうまくデザインされていないとなかなか伝わらない。レイアウトを眺めているだけでも、よいコミュニケーションについていろいろと考えさせられる。


もし英語教師が、狭義の言語学的視点から捉えられた「英語」を越えて、英語を使ったコミュニケーションの教師であろうとするならば、こうした現場でのコミュニケーションの知恵に学ぶ必要がある。また、研究室運営の立場にある人ならともかくも読みふけってしまうだろう。

良質なコミュニケーションとは何かを考えるためには読んでおきたい本だ。



J. Matthews and R. Matthews著、畠山雄二・秋田カオリ訳 (2009) 『成功する科学論文 構成・プレゼン編』丸善株式会社

コラム

2010年5月17日

『成功する科学論文 構成・プレゼン編』科学論文は約12年ごとに数が倍増すると言われている(Stix, G (1994). The speed of write. Trends in scientific communication. Scientific American, 271, 106, 106-111)。


そのように激化する科学活動の中で、科学者が自分の知見をいかにコミュニケートするかというのは最重要課題の一つである。それは口頭でのコミュニケーション(口頭発表)から始まる。

科学技術系の研究者にとって、プレゼン(口頭発表)というのは日常生活そのものである、。さて、そのプレゼンであるが、いろいろなスタイルがある。例えば、学会発表や学科でのゼミ、それに就職試験での口頭試問や授業での口頭発表、さらには、昼食時で軽いおしゃべりや公の場における演説といったものまで、それこそいろいろある。どんなスタイルのプレゼンであれ、プレゼンをするチャンスが与えられたのであれば、とにかく、一生懸命やることだ。プレゼンは、どんなものであれ、科学の場においては、それ独自の位置づけをもっており、ピア・レビューにもとづく論文発表への橋渡しとして、どれも同じくらいの価値をもっている。(32ページ)


科学技術系のコミュニケーションを成功させようとすれば、まずは構成を整理しなければならない。そのためには次のような基本的なパターンに習熟する必要がある。

カテゴリー、時系列、空間、機能、重要性、問題解決、特殊性、複雑性、賛成と反対、因果関係、演繹法、帰納法 (69ページ)


整理された構成の内容は、さらに「ストーリー」に高められる必要がある。

[読み手が]求めているもの、それはストーリー性である。つまり、読み手の側としては、論文に対して、序盤と中盤、それと終盤といった「流れ」を求めているのである。そしてまた、そのつながりがよく見えるようにしてもらいとも思っている。(84ページ)


ストーリーは、科学者倫理に基づき、例えば動詞の時制にも注意して書かれる必要がある。

・すでに刊行されている論文に掲載されている事実は現在形で書く。 ・何度か繰り返された出来事に対しては現在完了形を使う。 ・まだ一般化されていない実験結果に対しては過去形を使う。 ・まだ刊行されていない論文に言及するときは過去形を使う。 ・投稿中の論文内にある図表に対しては、現在形を使ってもかまわない。(77-81ページ)


内容をわかりやすく伝えるには図表が有効だが、その使用についてもいろいろな助言が与えられている。図においては三つのE (Evidence, Efficiency and Emphasis)のために使えというのは(101ページ)は覚えやすい助言だろう。


プレゼンテーション・スライドを使ったプレゼンに関しては、見出しをフレーズでなくセンテンスで書く「オルタナティブ・デザイン」(Alley, M and Neeley, K. A. (2005). Rethinking the design of presentation slides: A case fro sentence headlines and vidual evidence. Technical Communication, 52, 417-426.)を著者は勧める。例えば「ハチミツに関する事実」ではなく「糖度が高いためハチミツの質が落ちることはない」と書くわけだ。センテンスを考えることは必ずしも容易ではないが、その苦労は発表者と聴衆の両方のためになるというわけだ。(さらに「オルタナティブ・デザイン」では主張が掲載されたスライドには必ず証拠も掲載することを勧めている)。


この本は補遺も充実していて、CONSORTやSTROBEについての簡単な解説がつけられている。

CONSORT, which stands for Consolidated Standards of Reporting Trials, encompasses various initiatives developed by the CONSORT Group to alleviate the problems arising from inadequate reporting of randomized controlled trials (RCTs).

URL: http://www.consort-statement.org/


STROBE stands for an international, collaborative initiative of epidemiologists, methodologists, statisticians, researchers and journal editors involved in the conduct and dissemination of observational studies, with the common aim of STrengthening the Reporting of OBservational studies in Epidemiology.

URL: http://www.strobe-statement.org/

「無作為化比較試験」や「疫学」については科学英語の関係者は基本的知識を身につけておくべきだろう。


訳者は最後にこう言っている。

私ども訳者も、この手の本はこれまでいくつも手に取り読んで(そして訳して)きたが、本書を読んで改めて「なるほど~」と思うことが少なくなかった。(181ページ)

私も同感だ。興味をもたれた方はぜひご自身でお読みください。



J. Matthews and R. Matthews著、畠山雄二・秋田カオリ訳 (2009) 『成功する科学論文 ライティング・投稿編』丸善株式会社

コラム

2010年9月16日

『成功する科学論文 ライティング・投稿編』

科学論文というのは高度に機能的な書き物だ。科学の最先端の発見を、正確かつ迅速に伝えなければならない。複雑なことも明確に、誤解されないように書かなければならない。論文が読みにくかったり、誤読されたりするようなら学術誌には掲載されない。科学者としての生き残りにもかかわる。だから「ことばは、数字と同じように、サイエンスのツール」なのだ(viページ)。

科学論文はエッセイと異なる。興に任せて書いてはいけない。書き手が意図した意味と、読み手が読み取るだろう意味を一致させるように吟味しなければならない。意図的な多義性などもってのほかで、意図せぬ多義性が隠れていないか細心の注意を払わなければならない。冗長な表現は短くし、短すぎてかえって読みにくい文は読みやすいように長くする。何度も原稿を書き直すのはそれらのためである(1ページ)。もちろん何度も書き直さなくて済むように、最初から明晰な文章を書くように心がけるべきだ。だからこのような優れた参考書が必要とされる。

だが私の経験では、このような文章の指南書を学生に読ませても、多くの学生は「当たり前のことです」といわんがばかりの反応を示す。「こんな原則を守れずに文章を書く人がいるなんて信じられませんよ」と豪語する猛者もいた。

それならばと、ある授業で、文法的には間違っていないのだが、科学論文の書き方の原則にことごとく反した英文を作って学生に提示した。「添削してごらん」と指示すると存外に苦労している。もちろん時間をかければどの学生も同じような英語にするから、学生は原則を理解している。だが、原則をただわかったと思うことと、原則を身につけることは大いに異なるという、いわば当たり前の教育の原則を改めて痛感した(こんなことを改めて思うのは筆者の教師としての力量不足の現れに他ならないのだがそれはさておく)。

というわけでここでも練習問題。以下の英文はどのような点で改善が求められるでしょう。正解はこの文章の一番下に掲載しますから、少し考えてみてください。

(1) The cause of the degenerative changes is unknown but possibly one cause may be infection by a presumed parasite. (p.17)

(2) There is a cure available. It consists of ... (p. 19)

(3) Hard-driving veterinarians in private practice should take more time for their wives and children. (p. 48)

(4) Inadequate training in PCR techniques resulted in incomplete date. This has been our most pervasive problem. (p. 71)

(5) Being in poor condition, we were unable to save the animal. (p. 72)

(6) These results were in general agreement with others who found increased mortality. (p. 80)


と、この本の例文から練習問題を作ってみたが、実はそんなことをせずともこの本には具体的な文章推敲の練習問題が豊富に用意されている。この練習問題をやってみることが文章上達の有効な手段であることは間違いないだろう。「科学論文の書き方なんてどの本が言っていることも同じだよね」と思われる方こそ、この本を読んで練習問題にチャレンジするべきだろう。

以上が「ライティング編」だが、この本の後半の「投稿編」も親切だ。投稿論文に添えるカバーレターには、なぜ投稿先のジャーナルに論文を投稿しようと思ったのかを(熱く語らない程度に)書いておこう(140ページ)とか、査読者が誤読して間違ったコメントを送ってきても、誤読されるところは議論や分析あるいは書き方の良くない箇所であることが多いのだからキレてはいけない(144ページ)などと、親切だ。前回紹介した 『成功する科学論文 構成・プレゼン編』と併せて読めば ―これら二冊は元々一冊の本を分冊にして翻訳したものである― いい科学英語の訓練になるだろう。もちろん原著を読んでもいいのだが、速読できる翻訳書は忙しい人にはありがたい限りだ。

最後に再びライティング編で、著者が掲げる「研究者のための笑える12ヶの文法規則」のいくつかを下に掲載する。笑う箇所を示すなどという野暮はしませんから、どうぞ笑って楽しんでください。

It is recommended by the authors that the passive voice be avoided.

If you reread your writing, you will find that a great many very repetitious statements can be identified by rereading and identifying them.

Avoid using "quotation" marks "incorrectly" and where they serve no "useful" purpose.

In science writing, and otherwise, avoid commas, that are, really, unnecessary.

Subjects and their verbs whenever you notice and can do so should be placed close.

答え

(1) 言質を与えない表現を使いすぎ。断定しすぎはよくないが、あまりに「保険」をかけすぎた表現を多用すると文に力がなくなってしまう。

(2) しゃっくりのように文の流れを不必要に断ち切ってしまっている。"The available cure consists of ..."と書けばいいだけのこと。

(3) 日本のある男性研究者(なんと専門は英語教育!)は、ある国際学会のレセプションでこういった挨拶をしてしまい、後に登壇した他国の女性研究者に皮肉られたが、その皮肉の意味すらわからなかったという。男性諸氏、ご注意あれ。

(4) 二番目の文の"This"が"inadequate training"を指しているのか、それとも"incomplete data"を指しているのかが曖昧。

(5) 文法通りに解釈すれば、状態が悪かったのは「私たち」であるが、しばしば誤用される懸垂修飾(dangling modifier)が使われているとしたら、状態が悪かったのは「動物」ということになる。意味解釈に戸惑ってしまう。

(6) "Results"と"others"は意味的には平行関係にないのに、統語的にはあたかもそうであるかのように書かれている。



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