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英語教師は理系に学ぼう

英語教師・英語教育関係者が知っておくべき英語使用の現場についての文章を掲載

原賀真紀子 (2009) 『「伝わる英語」習得術 ― 理系の巨匠に学ぶ』 朝日新書

コラム

2010年01月12日


「伝わる英語」習得術
― 理系の巨匠に学ぶ
(Amazon.co.jp)
英語習得の本質を語りながら、英語習得という狭い枠組みを超える圧倒的に面白いインタビュー集だ。なにしろ人選がすばらしい。フォーク・クルセイダーズのメンバーである精神科医 (きたやまおさむ先生)、ハイネの詩集と艶笑落語を愛するノーベル賞物理学者 (小柴昌俊先生)、「バカの壁」を天下に明らかにした解剖学者 (養老孟司先生)、たぐいまれなる人間通の医師 (日野原重明先生)、『チームバチスタの栄光』作家で病理医 (海堂尊先生)、そして「竹の家」の美的感覚で国際的評価を得る建築家 (隈研吾先生) ― これらの選ばれた「理系の巨匠」は専門分野での活躍もすごいが、文系的な素養がすばらしく豊かである。だから話の内容が「いかにもありそうな話」に決してならず、深い知恵が柔らかな言葉で語られる。インタビュアーの原賀真紀子氏、編集者の河野恵子氏の労を讃えたい。


これだけ多彩な識者が語る英語習得の本質は存外に単純だが、その本質から示されてくることは深く豊かだ。

英語習得の本質は、冒頭のきたやまおさむ氏が三点によくまとめていて、その後の登場人物もこれらの点を彼らなりに繰り返す。ごく単純にまとめるなら、英語を使うコツは、使うときの「態度」、話の「内容」、話す「方法」に尽きる。

第一の「態度」とは、直近の英語使用から一歩離れた、客観的でリラックスした自分を持つことである。それは「ユーモア精神」をもつことであり、若いうちに名文を身体に叩き込んで英語のリズムを「教養」として体得することであり、それぞれの文化がもつ「歴史」を学んでおくことである。「ユーモア精神」も「教養」も「歴史」も、昨今しきりに学校教育で強調される「すぐに役立つ」ものではない。しかしそういった直接には役立たないような素養が「態度」として身についていることが、外国語としての英語を使ってのコミュニケーションを根本基盤になっているとこの本の識者は口をそろえている。

第二の「内容」とは、英語をどう話すかといった以前に、どうしても伝えたいという信念と自信をもった話の中身をもつことである。これさえあれば、恥ずかしいとかいった余計な感情も消え、なんとか伝えようとする。また聞いている方も、話し方よりも何よりも、その人のメッセージを聞こうと前のめりになって聞いてくれる。学校英語教育は「英語」という教科の枠組みで行なわれるから、どうしても英語の話し方ばかりに注目がいくが、現場で大切なのはなんといっても話す内容である。「英語が上手になったから英語を使おう」というのは英語教師的な発想である。理系を始めとした英語使用の現場の発想は「とにかく使わなければならないから英語を使い、使っているうちに英語も上達する」である。英語教師も、英語学習者の「話し方」だけでなく「話」を育てなければならない。(そしてこれは既に優れた現場英語教師が実践していることである)

第三の「方法」とは、英語を話すときはとにかく具体的に、即物的に記述することを心がけることだ。「自分がその事物についてどう思っているか、どう感じているか」ではなく、誰でも納得せざるをえない事物の外観・構造・機能を説明することが英語によるコミュニケーションでの説得力と信頼性を高める。事物が目の前にないなら資料でもスライドでも何でも総動員して徹底的に具体的に話せと識者は語る。

このように英語を使うコツは、英語に捕らわれず、自分が納得している内容を、徹底的に具体的に語ること、とまとめられる。しかし、この本はそういった英語習得術だけにはとどまらない。英語習得の枠組みを超えて、日英での言語的コミュニケーションの考え方の違い、ひいては身体的コミュニケーション観の違いも語られる。

精神科医のきたやま先生は、生化学や解剖学といったはっきりと対象が見える理系分野では日本人も英語を使って活躍しやすいが、こころの問題を扱う分野では日本人の活躍はあまり見られていないことを報告する。「自分がない」や「私は自分を殺して生きています」といった日本語文化では当たり前の表現が、英語文化 (この本の識者は英米文化に限らず広く欧米文化を語っているが、ここでは便宜上「英語文化」という言葉を使う) ではある意味驚くべき発想の文化であり、それを英語で表現することは想像以上に困難なのだ (精神病理医で臨床哲学者の木村敏先生も数々の著作でこれと同じことを述べていることを評者としてはつけ加えておきたい)。

考えてみれば、自分の中に明確に意識されていない「無意識」なる領域があり、人間はしばしばその無意識に支配されているというフロイトの説は、19世紀から20世紀にかけての欧米ではスキャンダラスなぐらいの大発見として思想史上に残ったが、多くの日本人にとってそんな「無意識」など当たり前で特に言葉にすることのものでもないだろう。さらに「自分」という存在が刻々と変わる存在であるということは、20世紀末から21世紀にかけて欧米では「ポストモダン」という言葉などで大々的に語られたが、これも多くの日本人にとって驚くことでもなんでもない。

解剖学者の養老先生の対比を借りれば、「はじめに言葉ありき」の文化と「言葉にならない部分が最初にある」ことを当然とする文化の差であり、それは根源的な差と言ってもいいものかもしれない。

建築家の隈先生は、英語でのプレゼンテーションでは演劇的で思い切って「見得を切る」ことが重要だが、日本語でのプレゼンテーションでは「あ、この人って意外にいい人なんだ」と思ってもらうことが大切だと言う。つまり英語のプレゼンテーションは、プレゼンテーションの具体的な内容を説得的に説明するために行なわれるが、日本語でのプレゼンテーションは人間関係の潤滑油をつくり出すために行なわれるわけである。

この根本的な違いは身体作法にも色濃く出ている。英語を使い始めると急に身振り手振りが大きくなる日本語者はよく見られるが、言語習得とはボディーランゲージの変更を伴うものである。人間のコミュニケーションには「言葉でわかる」以上に「体でわかる」ところがあるから、外国語を習得しそれを母国語と使い分けるというグローバリゼーションの現実とはかなり大変なことなのだと養老先生も説く。

日本語は曖昧だともよく言われる。英語なら"I"だけで終わるのに、日本語では「私」「僕」「自分」「先生」「お父さん」などと使い分けなければならない。会話では「ほう」「あぁ」「なるほど」と言うが、必ずしも話の主張に同意しているわけでもない。「ノー」と言わずに「ちょっと難しい」と言い、「あの、そろそろ・・・」「やってみますけど・・・」といった最後まで言い切らない発言が多用される。

これらの曖昧さは、英語を話す際の大きな障壁になる。著者の原賀氏も述べるように、漠然と日本語的な感覚をそのまま英語に持ち込んで話そうとすると、しばしばその英語は通じないし、伝わらない。だから日本人は、英語を習得しようとするとき、実は日本語文化というものをきちんと自覚しておかなければならないのだ。

とはいえこの日本的曖昧さは、棄て去るべき悪いものではない。外国語として日本語を学ぶ者は、上述のような曖昧な日本語表現を他言語にはあまりない、便利で使い勝手のよい表現とも捉えることがある。曖昧でいてその場の状況にぴったりと合った表現を使い分ける日本語は「コミュニケーションのルールがとても明快だ」とは、日本語をマスターしたあるイギリス人の述懐だ。

英語文化においてもベトナム戦争以降、ポップスに "sorry" という言葉が頻繁に現れ始めたと精神科医 ―そしてフォーク・クルセーダーズ!― のきたやま氏は観察する。ましてや9.11以降、英米文化も強烈な自我を貫徹することが正義なのかということを深刻に疑い始めている。

きたやま氏はこう語る。


だからね、このごろ外国人と酒を飲んでしゃべっていても、なんだかほとんど日本人と変わらないなと思う。彼らも迷っているし、我々から学びたがっているし、神様も八百万じゃないけど、たくさんいたほうがいいと思っている。ようやく我々は、ほんとうの英語に出合えるというか、自分たちをわかってもらえる相手に出会えるようになってきたのだと思います。 (30ページ)

グローバリゼーションの中での英語習得とは、日本語・日本語文化の単純な廃棄でも反動的な礼賛でもない。「理系の巨匠」が呈しているこれらの問題に、人文系であるはずの英語教師はどのように応えるのだろうか。



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