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英語教師は理系に学ぼう

英語教師・英語教育関係者が知っておくべき英語使用の現場についての文章を掲載

柳瀬和明(2005)『「日本語から考える英語表現」の技術』講談社ブルーバックス

2010年10月18日

『成功する科学論文 ライティング・投稿編』

「英語を話すなんて簡単なことで、どんどん英語を読めばじきに話せるようになるよ」と英語を得意にする人は言う(Krashenという研究者もそう言った)。だが理系の人などで、文系よりもはるかに多くの英語論文を日常的に読みながらも英語を話すことを苦手とする人がいる。発音が下手とか心理的にあがりやすいといった要因ではなく、英語の発想で、より具体的に言えば英語の語順で言葉を紡ぎ出すことに慣れていないのだ。英語の文法が身体化されていないといってもいいだろう。文法は、それについて蘊蓄をたれる対象としては不必要とも非難される(そしてその非難にも一理ある)。だが、体得されその人を動かす心身の原理としては必要不可欠なものだ。

英語教師は「英語を心身で体得するには、英語を読み・聞くだけではなく、書き・話す必要がある」と言う(Swainという研究者もそう言った)。「だから、」と多くの人は結論する「英語を聞いて話す英会話の授業が必要なのだ。英会話の時間を増やすためネイティブスピーカーを雇おう。日本人英語教師にはできるだけ英語だけしか話させないようにしよう」。

だがちょっと待って欲しい。上述の英語教師が言ったのは「英語を読み・聞くだけではなく、書き・話す必要がある」であった。「読む」ことと「書く」ことを忘れないでほしい。

「ああ、また学者さんのギロンだね」と辟易する人も多いかもしれない。「論文や文書をきっちり読んだり書いたりする人は少ないんですよ。そんなことよりスピーディにカイワができなくっちゃ」というわけだ。

いや誤解しないでほしい。私たち英語教師が言いたいのは、簡単な「カイワ」なるものをするためにも読むことと書くことは重要なのだということだ。一過性で瞬間的な話し聞く体験に比べて、読み書くという経験は紙の上に書かれた英語をじっくり見て考え学びを深めるために有利だ。学びのメディアとしては、文字メディアは優れている。たとえ最後は音声メディアで英語を使わなくてはならないにせよ、学習過程において文字メディアを使わない手はない。

考えてもみてほしい。日本での英語学習者の大半はそれまでの10年前後の生涯で、日本語の発想・語順・文法で思考し語り合うことしかしてこなかった。10年も毎日やっていた日本語的な心身の原理が、教師が週に数回英語の授業をしたぐらいで、そう簡単に英語的な心身の原理に変るものか。「ネイティブの英会話クラスを増やし、日本人英語教師が日本語を話すことをできるだけ禁止すれば、学習者の英語力があがる」というのは短絡というものだろう(もっとも自ら英語ができるようになるまで英語を学んだことがないので、学習者に英語力をつけさせる授業ができない言語道断の英語教師もいるのだが、この問題については今は語らない)。

週に数時間の授業で10~40人の学習者に「英語のシャワー」を浴びさせれば英語ができるようになるというのは神話に過ぎない。大切なのは、学習者がそれまでに徹底的に心身の原理としてしまった日本語の発想・語順・文法を自覚しながら、英語の発想・語順・文法という新しい心身の原理の特徴あるいは「コツ」を、自覚的・分析的に教え、そのコツを体得させるべく英語を使う経験を増やしてゆくべきだろう。

本書カバーの情報によれば、オーストラリアで日本語教育に従事した後、東京都立高校での25年間の英語教員生活を経て、現在日本英語検定教会制作部顧問である著者は、日本語の発想・語順・文法の強い影響下にある学習者が、どのようにして英語の発想・語順・文法という新しい心身の原理を体得するかについて地に足の着いた分析をし、堅実な処方箋を提示する。

著者が分析する英語使用は次のようにまとめられる(第一章・第二章)。

A 日常生活レベル
(1) 特定の場面に特有の表現 (2)特定の場面にしばられない表現
B 仕事レベル(業務・学業)
(3)職場(学校)での一般的表現 (4)専門性の高い表現

俗見では(4)の専門性が高い英語が難しいように思われているが、(4)は(1)の特定場面での特有の表現と同じように、定型度が高く自由度が低い英語使用なので(32ページ)、ちまたで多く売られている定型表現集を覚えることでもなんとか対応できる。学習者が主に感じるのは「量的もどかしさ」―英語の語彙・表現の不足など―にすぎない(42ページ)。

難しいのは定型性が低く自由度が高い(2)の「特定の場面にしばられない表現」、および定型性・自由度が中程度の(3)「職場(学校)での一般的表現」だ(32ページ)。ここで学習者は「質的もどかしさ」を感じる。質的もどかしさを著者は次のようにまとめる。

質的もどかしさ (発想の転換が必要なもの) 語彙や表現の量によって解決されるというよりは、考え方や発想そのものを変えないとなかなか解決できないもの(42ページ)

この質的もどかしさを克服するには、以下の5つの壁に代表される、「日本語の発想・語順・文法の強い影響下にありながら英語の発想・語順・文法という新しい心身の原理を体得する」という困難を克服しなければならない。

第1の壁:英語は日本語に比べて語順に対して厳格だという壁

第2の壁:「自分の言いたいこと」には複雑な要素が含まれているという壁

第3の壁:日本語では無意識のうちに主語や目的語の省略が起きているという壁

第4の壁:一字一句を機械的に英語に置き換えると支離滅裂になるという壁

第5の壁:日本語の慣用表現や比喩、日本文化独特のものは言い換えが必要という壁
(73-75ページ)

第1、第3、第5の壁は自明だと思うので解説は省略するが、第2の壁は、「日本語では自分が言語的・非言語的スキルを駆使して微妙に表現していることも外国語である英語ではなかなか表現できないのですべてを表現しようとすることは諦めることが必要だ」ということだ。だがこれは諦念だけではない。自分の表現しようとすることの中で、何が根幹(相手にどうしても伝える必要がある情報)で何が枝葉(ニュアンスに過ぎない情報)かを分析し、前者だけはとにかく確実に伝えるということだ。私の日頃の観察では、この自己分析が日本語ですらできない学生さんは多い。

第4の壁は次のような日本語を直訳的に英語にした時に引き起こす違和感に代表されるだろう。

(領収書の提出をめぐって) 上司:領収書は?どうした? 部下:それが・・・、なくなってしまいまして・・・。 ⇒"Well, the receipt disappeared. (63-64ページ)

しかし何度も繰り返すが、日本語の発想・語順・文法は血肉化しているのでそれを払拭することは容易ではない。そこで学習の過程における補助手段として著者が提案することは、二種類の日本語を自分で使い分けることだ。

J1:母語として普段使っている日本語(無意識に使っている日本語) J2:英語にしやすい日本語(英語で自己表現することを意識して使う日本語) (80ページ)

もちろんこういった区別は、本書の専売特許ではない。だが本書はこの区別に基づいた、英語の発想・語順・文法の獲得への道筋を親切に示してくれている。日頃英語を読んでいるのに、どうも英語を話すのは苦手な人はこの本にずいぶん助けられるかもしれない。


これだけ英語が重要になると、日本語話者も外国語とはいえ英語を相当程度使いこなさなければならない。使いこなしている時には、日本語はほとんど意識されず「英語で考えている」ようにも感じられるだろう。

しかしその目標段階に到達する過程では、分析的で合理的な練習を経るべきだろう。それは自転車の補助輪のように最終的には外されるものだが、練習過程では大切なものだ。勘のいい人や才能のある人は、補助輪をバカにする。自分が補助輪なしで自転車に乗れるようになったからだ。だが世の中、語学の才能に長けた者だけではない。到達段階と練習段階の区別すらつけられない人、語学が得意だった自分の体験を押し付ける人の話は、批判的に聞き、合理的な英語学習の道筋を明らかにしよう。


追記
著者の柳瀬和明先生は、2010年10月23日の「山口県英語教育フォーラム」でお話されます。お近くの方はぜひお越しください。

http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20101023


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