教育の今を知りたい
2009年11月30日
2009年11月30日
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立教池袋中学校・高等学校教諭 綾部保志 Ayabe Yasuyuki 教育界、そして英語教育界の〈今〉を知り、〈明日〉すなわち未来を考える点で参考になる、比較的新しめの文献を以下に7冊紹介する。 原点としての教育学
科学論的な立場から見ると「実践的教育学」は、法則性に乏しいことや、価値判断が入ることが弱みである。一方で「教育科学」は、ある条件下での傾向は見えても、実際に何を規範として設定するかまでは決められない点に限界がある。つまり、教育学は、それ自体で完結する学問ではなく、この相補性と限界性を知ることが大切なのだ。 私たちは、教育実践をする時に、ややもすると個人的な経験論や主観主義に走り、諸事象を広く捉える教育学的な視点を忘れがちである。教育は他者の人生に介入し、個人の未来を左右する責任のある行為なのだから、自らを問い直す再帰的な視点を持つべきであろう。 学力低下と教育報道を考えるここ最近、教育界を取り巻く状況は劇的な変化を遂げている。そこで、最近の動向を知るために紹介したいのが苅谷剛彦著『教育再生の迷走』興味深いのが、第4章の「学力調査から見えてくるもの」である。周知の通り、学力低下論により、「ゆとり教育」は見直され、新指導要領では授業時数が増加した。この学力低下論に拍車を掛けたのがPISA(OECDが2000年から3年ごとに15歳の生徒を対象に行っている学習到達度調査)の調査結果である。国際的に日本の順位や点数が下落したことが大々的に報道された。 2006年のPISAの結果後、2007年度から「全国学力調査」が小中で全面実施された(2010年度は「抽出方式」に変更になる見通し)。著者はこれを「PISA型学力をつけさせる準備」であり、「その得点を上げるためには、どのような学習が必要なのかを、全国の学校に隅々まで伝え、そこに向けた努力を引き出すための権力装置―それが、全国学力調査の隠されたねらいである」と指摘する。 著者によれば、PISAの結果には、親の学歴と職業が大きく影響している(特に、読解力)。また、あまり知られていない良い結果としては、教科横断的な総合知ともいえる「問題解決能力」の項目で、日本は世界でもトップクラスのレヴェルで、最上位に属する生徒の数では、参加国中最も高い比率を占めていることも報告されている。 日本の教育は、詰め込み教育を脱し、創造力、問題解決能力などの新学力を志向し、それがきちんと成果を上げている。だからテスト結果を悲観視する必要はないし、問題視すべきは、親の事情などで就学困難な生徒の格差であるように思われる。教育論議は、時事報道にインパクトを受け、十分な議論や分析があまり行われず、データが一人歩きすることが多いが、事態の本質を慎重に見極める必要があることを本書は教えてくれる。 教育と格差に潜む問題市場原理主義を体現する新自由主義により、教育格差が拡大していることは上述した通りである。今後、間違いなく看過できない問題の1つは、この「教育格差」といえよう。それがどのような背景から生じていて、生徒の学力や意欲に、どのような影響を与えているのかを知るには、橘木俊詔/八木匡著『教育と格差:なぜ人はブランド校を目指すのか』本書は、経済学によるアプローチで、主に量的調査から得られたデータと先行研究に倣いながら、所得格差、学歴形成、家庭環境、学校選択行動、地域特性、労働環境などを多面的に考察している。 著者は、格差の問題を掘り下げた後に、総括を行う。かいつまんで要約すると、日本の国の教育費支出は、先進国としては最低水準であり、それが教育格差を拡大させる一因となっているとなる。日本では、教育費は国の補助よりも、自己負担で賄うべきものだと捉えられており、格差による負の側面を、最終的に、家庭と個人に帰結させてしまうのだ。今後取り組むべき課題は、政治レヴェルで格差を是正し、教育の機会均等を守ることだろう。未来への希望を子どもに持たせるためにも、初等教育段階で平等性を確保することが望まれる。 社会と文化の中の英語状況英語教育が社会的に推進される時、「国際的に広く使われているから」とか「グローバル化の進展に伴って」という言葉を耳にする。新指導要領でも、英語教育を通して「多様なものの見方や考え方」を理解させ、「広い視野から国際理解」を深めることが求められている。では、現在の英語を取り巻く世界情勢はどのようなものなのだろうか。矢野安剛/池田雅之編著『英語世界のことばと文化』 「英語の未来」と題された最終章で、矢野氏は、将来的に「国際語としての英語」は、地域間の相互理解の過程で、それぞれの多様性を取り入れて「広域地域標準語」(Regional Standard English)として形成されていき、行く行くは、各国間で英語能力差があまりなくなり、ネイティヴ/ノン・ネイティヴの垣根は低くなると予見する。だが、氏自身も言及しているように、こうした状況が現実のものとなるにはまだ時間がかかりそうである。 英語教師が、本書のような言語社会学的な論考に触れておくことは大切だと考える。歴史を顧みれば自明なように、言語は、時代的、地理的、社会的な状況により大きく変容している(きた)。未来の英語の在り方を考え、異文化理解を促進するためには、英語をめぐる世界の様々な文化的諸相(現実)にも目を向けて、多様な視点を持とうとする姿勢が不可欠なのではないだろうか。 現代日本の英語教育の危機日本の英語教育界の過去と現在を知り、将来の方向性を考えるための1冊として江利川春雄著『英語教育のポリティクス:競争から協同へ』英語教育政策史が専門の著者は、日本での教育実態調査の結果や、ペニクック(Alastair Pennycook)らが展開する「批判的応用言語学」(Critical Applied Linguistics)など、豊富な資料を用いて論拠を示しているので説得力がある。また、新たな実践として、協同学習による「学びの共同体」づくりや、母語や外国語の素地を育む「ことばへの気づき」学習も紹介している。 たしかに著者の指摘する通り、学習指導要領は、過去の検証や反省がなされずに改訂されることや、言語習得に関する理論的根拠が示されないこと、教育現場の声が反映されず上意下達的に提示されることなどを鑑みれば、本書のような批判に耳を傾ける必要があるように感じられる。 「あとがき」にあるように、著者自身、文科省などに対して声を上げることは「背筋の凍る思い」と告白する。それでも著者を突き動かすのは、「はじめに」にあるように「英語が好きと答える中学生の割合が9教科中で最低」であり、「中学生の英語の成績が10年以上も下がり続けている」現実に対して、痛切な想いを抱いたからに他ならないからであろう。私たちは、著者同様、自身の実践に照らしながら、英語教育を問うことが大切なのかもしれない。「問う」ことから、真に「学ぶ」ことが始まるのだとすれば。 英語教育の系譜と未来の可能性先に紹介した本が「日本の英語教育」の〈今〉を考える本ならば、英語教育を含む「言語(教育)全体」を把握するために薦めたいのが小山亘著『記号の系譜:社会記号論系言語人類学の射程』このあまりに壮大で巨視的な記述分析を読むと、英語教育という知が、いかに時代史や社会史と密接に絡み合いながら生成されてきたのかを確認することができる。また、我々が生きる「後期近代」という時代を相対化するきっかけにもなる。 では、将来の英語教育を見据えるには、何が必要なのか。現在の英語教育で主流な教授法が「コミュニカティヴ・ランゲージ・ティーチング(CLT)」であり、新指導要領も(適切に理論化せずに)「コミュニケーション」という語を頻発している。今後も、こうした風潮が高まるものと予想されるが、これについて著者は2つの方向性を示唆する。1つは、今日の支配的なイデオロギーを再生産して拡張する方向である。小山氏は CLT と、グローバルな帝国主義、新自由主義、ポスト・モダンな個人主義との相即関係を指摘する。もう1つは、CLT が学習者や教育者の批判的意識を高め、言語を取り巻く社会や文化の枠組みを見極めようとする、自己批判性を持ったアプローチへと展開する方向である。 コミュニケーションのための英語教育という流れを、政治や文化や社会と無関係なものとして切り離して捉え、結局は、現状を無批判に肯定してしまうのか、それとも、自らの生きる時代や社会を見つめ、そのことにより自己変容、自己開放を遂げるための批判的な契機として捉えるのか。今まさにそのことが、英語教育界に問われている。 最後に、参考までに、綾部保志編、綾部保志/小山亘/榎本剛士著『言語人類学から見た英語教育』 |
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「英語教育」2009年12月号 |
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