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英語教育エッセイ

国内外で活躍する英語教育業界関係者によるエッセイコーナー

教育の今を知りたい

2009年11月30日


立教池袋中学校・高等学校教諭
綾部保志
Ayabe Yasuyuki


教育界、そして英語教育界の〈今〉を知り、〈明日〉すなわち未来を考える点で参考になる、比較的新しめの文献を以下に7冊紹介する。

原点としての教育学

まず、広田照幸著『教育学(ヒューマニティーズ)』(2009、岩波書店)をお薦めしたい。教育社会学、教育心理学など、近年細分化しつつある「教育学」を鮮やかに描き出した手引き書である。教育界を俯瞰する時に、読んでおきたい。

著者は、「教育」は自己の体験を参照すれば、誰にでもできるという錯覚があることに警鐘を鳴らした上で、教育学は、そうした「個人的な教育論」ではないと主張する。教育学の見方は、「相互行為に没入」して自己本位を貫くことではなく、そこから一歩距離を置く「メタ思考」であるべきだとしている。教育を個人的な主観に委ねず、全体性に位置づけようとする思考に頷かせられる。

この本の良い点は、教育学の考え方や成立過程を平易に解説しているだけではなく、その限界性についても触れられている点だと思う。著者によれば、教育学を大きく分けると、(1) 教育を受ける側にとってどのような教育内容・手段が望ましいか、その規範性を決める「実践的教育学」と、(2) 実際の学校現場で行われる教育活動を調査分析する「教育科学」に分類できる。
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From "The English Teachers' Magazine" December 2009 Vol. 58 No. 10 (Taishukan)

科学論的な立場から見ると「実践的教育学」は、法則性に乏しいことや、価値判断が入ることが弱みである。一方で「教育科学」は、ある条件下での傾向は見えても、実際に何を規範として設定するかまでは決められない点に限界がある。つまり、教育学は、それ自体で完結する学問ではなく、この相補性と限界性を知ることが大切なのだ。

私たちは、教育実践をする時に、ややもすると個人的な経験論や主観主義に走り、諸事象を広く捉える教育学的な視点を忘れがちである。教育は他者の人生に介入し、個人の未来を左右する責任のある行為なのだから、自らを問い直す再帰的な視点を持つべきであろう。

学力低下と教育報道を考える

ここ最近、教育界を取り巻く状況は劇的な変化を遂げている。そこで、最近の動向を知るために紹介したいのが苅谷剛彦著『教育再生の迷走』(2008、筑摩書房)である。2005年以降、教育基本法改正、教員免許更新制など、新自由主義路線による「教育改革」が性急に進められてきた。本書は教育問題について、教育社会学的な分析と歴史の総括を行う時論である。

興味深いのが、第4章の「学力調査から見えてくるもの」である。周知の通り、学力低下論により、「ゆとり教育」は見直され、新指導要領では授業時数が増加した。この学力低下論に拍車を掛けたのがPISA(OECDが2000年から3年ごとに15歳の生徒を対象に行っている学習到達度調査)の調査結果である。国際的に日本の順位や点数が下落したことが大々的に報道された。

2006年のPISAの結果後、2007年度から「全国学力調査」が小中で全面実施された(2010年度は「抽出方式」に変更になる見通し)。著者はこれを「PISA型学力をつけさせる準備」であり、「その得点を上げるためには、どのような学習が必要なのかを、全国の学校に隅々まで伝え、そこに向けた努力を引き出すための権力装置―それが、全国学力調査の隠されたねらいである」と指摘する。

著者によれば、PISAの結果には、親の学歴と職業が大きく影響している(特に、読解力)。また、あまり知られていない良い結果としては、教科横断的な総合知ともいえる「問題解決能力」の項目で、日本は世界でもトップクラスのレヴェルで、最上位に属する生徒の数では、参加国中最も高い比率を占めていることも報告されている。

日本の教育は、詰め込み教育を脱し、創造力、問題解決能力などの新学力を志向し、それがきちんと成果を上げている。だからテスト結果を悲観視する必要はないし、問題視すべきは、親の事情などで就学困難な生徒の格差であるように思われる。教育論議は、時事報道にインパクトを受け、十分な議論や分析があまり行われず、データが一人歩きすることが多いが、事態の本質を慎重に見極める必要があることを本書は教えてくれる。

教育と格差に潜む問題

市場原理主義を体現する新自由主義により、教育格差が拡大していることは上述した通りである。今後、間違いなく看過できない問題の1つは、この「教育格差」といえよう。それがどのような背景から生じていて、生徒の学力や意欲に、どのような影響を与えているのかを知るには、橘木俊詔/八木匡著『教育と格差:なぜ人はブランド校を目指すのか』(2009、日本評論社)が参考になる。

本書は、経済学によるアプローチで、主に量的調査から得られたデータと先行研究に倣いながら、所得格差、学歴形成、家庭環境、学校選択行動、地域特性、労働環境などを多面的に考察している。

著者は、格差の問題を掘り下げた後に、総括を行う。かいつまんで要約すると、日本の国の教育費支出は、先進国としては最低水準であり、それが教育格差を拡大させる一因となっているとなる。日本では、教育費は国の補助よりも、自己負担で賄うべきものだと捉えられており、格差による負の側面を、最終的に、家庭と個人に帰結させてしまうのだ。今後取り組むべき課題は、政治レヴェルで格差を是正し、教育の機会均等を守ることだろう。未来への希望を子どもに持たせるためにも、初等教育段階で平等性を確保することが望まれる。

社会と文化の中の英語状況

英語教育が社会的に推進される時、「国際的に広く使われているから」とか「グローバル化の進展に伴って」という言葉を耳にする。新指導要領でも、英語教育を通して「多様なものの見方や考え方」を理解させ、「広い視野から国際理解」を深めることが求められている。では、現在の英語を取り巻く世界情勢はどのようなものなのだろうか。

矢野安剛/池田雅之編著『英語世界のことばと文化』(2008、成文堂)は、そのような問いに対して広い視点を与えてくれる。英語母語国に加えて、西欧、アジア、アラビア語圏など、多くの地域が取り上げられ、自文化と英語との関わり方(言語接触)や言語政策に加えて、英語に対する学習者の意識や英語学習の実情について書かれている。

「英語の未来」と題された最終章で、矢野氏は、将来的に「国際語としての英語」は、地域間の相互理解の過程で、それぞれの多様性を取り入れて「広域地域標準語」(Regional Standard English)として形成されていき、行く行くは、各国間で英語能力差があまりなくなり、ネイティヴ/ノン・ネイティヴの垣根は低くなると予見する。だが、氏自身も言及しているように、こうした状況が現実のものとなるにはまだ時間がかかりそうである。

英語教師が、本書のような言語社会学的な論考に触れておくことは大切だと考える。歴史を顧みれば自明なように、言語は、時代的、地理的、社会的な状況により大きく変容している(きた)。未来の英語の在り方を考え、異文化理解を促進するためには、英語をめぐる世界の様々な文化的諸相(現実)にも目を向けて、多様な視点を持とうとする姿勢が不可欠なのではないだろうか。

現代日本の英語教育の危機

日本の英語教育界の過去と現在を知り、将来の方向性を考えるための1冊として江利川春雄著『英語教育のポリティクス:競争から協同へ』(2009、三友社出版)を紹介したい。昨今、文科省により進められている外国語教育政策、特に、新指導要領の内容(小学校への外国語活動導入、高校でのオール・イングリッシュの授業など)についての問題点が浮き彫りにされている。著者は、英語が使える一部のエリート育成を目指し、〈競争と格差〉を拡大させる現在の教育政策(つまり、新自由主義的な改革)を痛烈に批判し、〈協同と平等〉を理念に据えた教育に変えることを訴える。

英語教育政策史が専門の著者は、日本での教育実態調査の結果や、ペニクック(Alastair Pennycook)らが展開する「批判的応用言語学」(Critical Applied Linguistics)など、豊富な資料を用いて論拠を示しているので説得力がある。また、新たな実践として、協同学習による「学びの共同体」づくりや、母語や外国語の素地を育む「ことばへの気づき」学習も紹介している。

たしかに著者の指摘する通り、学習指導要領は、過去の検証や反省がなされずに改訂されることや、言語習得に関する理論的根拠が示されないこと、教育現場の声が反映されず上意下達的に提示されることなどを鑑みれば、本書のような批判に耳を傾ける必要があるように感じられる。

「あとがき」にあるように、著者自身、文科省などに対して声を上げることは「背筋の凍る思い」と告白する。それでも著者を突き動かすのは、「はじめに」にあるように「英語が好きと答える中学生の割合が9教科中で最低」であり、「中学生の英語の成績が10年以上も下がり続けている」現実に対して、痛切な想いを抱いたからに他ならないからであろう。私たちは、著者同様、自身の実践に照らしながら、英語教育を問うことが大切なのかもしれない。「問う」ことから、真に「学ぶ」ことが始まるのだとすれば。

英語教育の系譜と未来の可能性

先に紹介した本が「日本の英語教育」の〈今〉を考える本ならば、英語教育を含む「言語(教育)全体」を把握するために薦めたいのが小山亘著『記号の系譜:社会記号論系言語人類学の射程』(2008、三元社)の第3章である。著者は、社会記号論を用いて、中世後期から近現代までの歴史を辿りながら、社会状況や学術史的文脈と絡めて言語理論と言語教育学の系譜を明らかにする。

このあまりに壮大で巨視的な記述分析を読むと、英語教育という知が、いかに時代史や社会史と密接に絡み合いながら生成されてきたのかを確認することができる。また、我々が生きる「後期近代」という時代を相対化するきっかけにもなる。

では、将来の英語教育を見据えるには、何が必要なのか。現在の英語教育で主流な教授法が「コミュニカティヴ・ランゲージ・ティーチング(CLT)」であり、新指導要領も(適切に理論化せずに)「コミュニケーション」という語を頻発している。今後も、こうした風潮が高まるものと予想されるが、これについて著者は2つの方向性を示唆する。1つは、今日の支配的なイデオロギーを再生産して拡張する方向である。小山氏は CLT と、グローバルな帝国主義、新自由主義、ポスト・モダンな個人主義との相即関係を指摘する。もう1つは、CLT が学習者や教育者の批判的意識を高め、言語を取り巻く社会や文化の枠組みを見極めようとする、自己批判性を持ったアプローチへと展開する方向である。

コミュニケーションのための英語教育という流れを、政治や文化や社会と無関係なものとして切り離して捉え、結局は、現状を無批判に肯定してしまうのか、それとも、自らの生きる時代や社会を見つめ、そのことにより自己変容、自己開放を遂げるための批判的な契機として捉えるのか。今まさにそのことが、英語教育界に問われている。

最後に、参考までに、綾部保志編、綾部保志/小山亘/榎本剛士著『言語人類学から見た英語教育』(2009、ひつじ書房)もあげておく。


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本書の構成と特色

[1]大学入試に十分な単語数
【Build Up】 センター試験レベル900
 語彙・語法問題で、センター試験でも取り上げられた最重要単語です。

【Step Up】 難関大レベル650
 難関大の語彙問題に出題された単語と英文を読む上で大切な単語から構成されています。

【Jump Up】 最難関大レベル650
 最難関大学の語彙の問題で出題された英検準1級レベルの難単語です。このような難単語は、見出し語とその意味を単独で覚えるよりも、同義語とセットで目に焼き付けてしまうのがコツです。

【Supplementary】
 難単語を覚えることに関心が集まりがちですが、実は「基本単語」も大切です。意外な意味のあるやさしい単語をしっかり押さえましょう。また、未知の単語に出会った時など、文章の流れを汲んで単語の意味を推測する力も必要です。その際、文章の流れをきめる特別な副詞・接続詞(リンクワード)を知っているととても有効です。

[2]同義語欄を新設
大学入試対策の単語集としては初めて同義語欄を設けました。この欄には、大学入試において出題された同義語問題を精査し必要不可欠な同義語を掲載しました。ある単語をどのような単語と、またはどのようなイディオムと書き換えられ出題されるのかがひと目でわかるレイアウトになっているので、語彙問題対策として実践的です。

最初から見出し語にまつわるすべての情報を覚えていくのは大変ですから、まずは、単語と意味を覚えて下さい。その後、語法をチェックし、その単語がどのような言い換えができるのかを同義語欄でチェックします。そして最終的には、同義語欄に掲載した単語から見出し語を思い出せるようになれば完璧です。

[3]実践的な例文
 単語は例文の中で覚えるのが効果的です。そこで、本書では見出し語のすべてに例文をつけました。掲載した例文は、これまで語彙・語法の問題としてセンター試験や各大学で出題された過去問から厳選しました。

[4]充実したコラム
重要な語法については、ページの下のコラム欄で取り上げました。ほかにも、同じ意味でも使い方が異なる単語やワンランク上の情報など、いろいろな角度から繰り返し学習できるように次の3種類のコラムを用意しました。

コラムで取り上げたものは、大学入試によく出題されるだけではなく、学習者が間違えやすいものばかりです。腕試しに、コラム欄だけを通して見ていくこともできます。コラムを上手に活用して、単語学習に弾みをつけて下さい。

【Genius Point】
大学入試の語法問題としてよく出題される単語を、二者択一の問題形式で掲載しています。これで同じ単語でも角度を変えながら繰り返し学習することができます。出題者がどのような選択肢を用意して受験生を惑わそうとしている(?)のかもわかるはずです。

【Play Back Check!】
センター試験レベルの単語のワンランク上の情報を紹介しています。たとえば、reduce という単語なら、まず基本として「減少させる」を覚えます。そして、その後、「~する羽目になる」というケースもあることを学んでおければ完璧です。このような入試に問われるワンランク上の情報を Play Back Check! にまとめました(見出し語の下に「→PBC p.332」のように参照先を示しています)。複数ある意味の中で、入試ではどの意味が狙われるかが分かります。

【語源でつかめ!】
語源の知識を使うと、いくつもの単語をまとめて覚えることができます。語彙力を増強する効果的な方法です。

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