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英語教育エッセイ

国内外で活躍する英語教育業界関係者によるエッセイコーナー

[座談会] 新学習指導要領は英語の授業をどう変えるのか
— 今こそ教師としてのbeliefとautonomyを!

2009年4月30日


英語教育の最新版
「英語教育」2009年5月号(大修館)
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From "The English Teachers' Magazine" May 2009 Vol.58 No. 2 (Taishukan)
文部科学省
教科調査官
菅 正隆
Kan Masataka

(コーディネータ)
神奈川大学教授
高橋 一幸
Takahashi Kazuyuki

大阪府教育センター指導主事 兼 大阪府立高津高等学校教諭
松永 淳子
Matsunaga Junko

関西外国語 大学教授
中嶋 洋一
Nakashima Yoichi

関西大学教授
田尻 悟郎
Tajiri Goro




3月に高等学校の新学習指導要領が告示されました。小学校、中学校はすでに昨年告示されており、外国語教育、英語教育にとっては大きな転換点になる学習指導要領の改訂だと思います。

まず、日本の教育史上、初めて全小学校に外国語活動が導入され、この4月からの移行措置を経て、平成23年度から完全実施されます。

これを受けて、中学校では、小学校との連携を図ることが学習指導要領に明記され、語彙も、今まで900語程度までとされていたものが1200語程度に増加されました。特に時間数が今までの週3コマから4コマに増加され、全教科の中で一番時間数が多い教科になったことは、大きな変更点だと思います。中学校の英語においては、学習定着度がよくないという調査結果もあり、学習指導要領の内容の定着を確実に図ることが明記されており、そうした点を顧慮しながらの指導が求められます。

高校に関しては、マスコミ等で騒がれたとおり、「授業は英語で行うことを基本とする」と明記されていますが、それ以上に、今までと全く異なる科目構成になったこと、文法事項に関しても、必修の「コミュニケーション英語I」においてすべての事項を取り扱うことになったことが大きな変更点で、これは教科書編集にもかなりの影響を及ぼすことでしょう。

そこで、今日は、高等学校を中心に、新指導要領下で今後、英語教育はどう変わっていくのか、あるいはどう変わるべきかについて、さらに、新指導要領の課題についても議論しながら、よりよい座談会にしていければと思います。

【高等学校】

英語で英語の授業をする意義


まず、「英語の授業は英語で」という点について、どう受け止めましたか。

松永
実際には指導要領の最後の「方法」の部分に書かれていることなので、そこがメインポイントではないと思っています。先生が英語を使うことによって、生徒が英語を使う場面を作るという方向を目指す、ということだと解釈しています。ですから、全部英語で授業をしなくちゃいけないとか大げさに報道されている部分は、もうちょっと冷静に見るべきで、英語は使うものという前提で教員が授業を組み立てていけばいいのではないでしょうか。

田尻
基本的に英語の授業を英語でやっていない国を探すほうが難しいくらいで、今まで英語の授業で日本語が多過ぎたという反省から、なるべく英語を使いましょうということで、すべて英語でやれということではないと思います。文法の説明まで英語でする必要はないわけだから。

昔、全部英語で授業をしていたときに、最後のアンケートで生徒に「自分は実はわからなくて、友だちに合わせて笑ったり反応していた。すごくつらかった」と書かれたことがあります。大切なことは、生徒が安心して聞ける英語で、子どもと共同で授業の中の英語を増やしていくという感覚なんじゃないかと思っています。

中嶋
例えば実験をしない理科の先生、ピアノを弾かない音楽の先生、子どもの前で演技をしない体育の先生は、あり得ないですよね。やはりモデルが必要なわけで、英語教師である以上は、やはり英語を使う。それがいいモデルになって、子どもたちが学びたいという気持ちにつながっていくような授業ならいいと思うんです。ただし、どこで何をどう使う、ということをしっかり教師自身が理解していることが重要だと思います。

髙橋
授業自体が、ものを伝え、学んでいくという一つのコミュニケーションの場ですから、原則としてできるだけ英語を使って授業を進めようというスタンスで指導を考えるということは、当然のことだと思います。しかし、英語で授業を進めることが自己目的化してしまっても本末転倒でしょう。例えば、文法説明の際に、"Which word of the sentence is the antecedent modified by this relative clause?"みたいな発問をしたり、生徒にわからせたりしても意味がない(笑)。どういう場面で英語を使うかが重要でしょう。「英語でできることは生徒のためになるだけ英語を使いましょう」という理解でいいんじゃないか。生徒たちの発達段階や習熟度に応じて、理解可能な英語を使って授業ができるのがプロの英語教師にとって必要な英語力の1つの柱になるのではないでしょうか。


この問題については、マスコミの誤解があると思いますね。つまり、英語の授業は先生が一方的に教えるもので、それを全部英語でやるような、50分間ずっと英語で先生がしゃべるようなイメージを持たれている。でも本当は、子どもたちが主役で、先生はそれをサポートするという形で英語を使うことが求められているのです。

髙橋
つまり、先生が英語で語りかけることによって、生徒の英語のアウトプットを引き出すような授業にしないと。


そう、教師中心ではなく、子どもたち中心の授業に転換しなければならない。だから、先生方はマスコミに踊らされてはいけないし、教育委員会も、英語の授業は文法事項まで全て英語でやるというような指導をしたら、英語ぎらいの生徒を作るだけです。

中嶋
今やっている授業を英語に訳すことじゃないんですよね。子どもたちが英語をしゃべるような場面を作って活動を仕組んでいく。さらにティーチャートークを魅力的にして、子どもたちに考えさせるとか、話し合わせるという活動が必要になってくるんですよ。

田尻
最初はやっぱり、上手に教えなきゃいけないと思うと自分ばっかり頑張るもんだけど、子どもたちが伝えたい、知りたいと思ったときに介入してやればいい。あくまで生徒が中心なんだから。


道だけ作ってやればいいんです。先生が前に出て引っ張ろうとしても生徒たちは動かない。

髙橋
あと、授業で英語を使ったり聞いたりすることに対する慣れに、小・中と高校で差があるように感じますね。小学校では子どもたちが英語の時間は英語をいっぱい聞くもんだと思っているのに、高校では小・中と比べると英語活動に慣れていないので、そこを変えていかないと。

中嶋
もう1つ。日本はESLではなく、典型的なEFLの国なんだから、内容を深めるには母語を有効に使うことが必要ですね。

4技能の統合を図る新科目


2つ目の改訂ポイントは、科目構成が大きく変わった点です。今までの「英語I、II」やスキル別の「ライティング」とか「リーディング」が統合して、「コミュニケーション英語I」とか「英語表現I」に変わりました。

田尻
技能統合は必要だと思うし、複数の技能をからめて、読んで発信する、読んで感じた意見を書いたり話したりしましょうというのは、正しい流れだと思います。

中嶋
私は言葉はユニット型で学ぶべきだと考えています。ですから、基本的には賛成です。ポイントは「書く」ことにいかにつなげるかです。読んだものについて書く、聞いたものについて書く、書いたものを話す。書くことは考えることですから、その時間をしっかりと確保する必要がありますね。

もう一つは、CEFR(「ヨーロッパ共通参照枠」)のようにspeakingにはspoken interactionとspoken productionの2通りがあるという認識が必要で、特にこのinteractionは授業においてとても大切なんです。それがどちらかというと production、スピーチだけが中心になってしまっている。これは中学校も高校も変えなきゃいけないと思いますね。


総合英語的になった「コミュニケーション英語」で、今後どのように授業を組み立てていけばよいでしょうか。

松永
「コミュニケーション英語I、II、III」は、基本的には現行の「英語I、II」の流れで、4技能の統合をよりはっきり出したものだと思うのですが、4技能を統合した形で教えるという意識は、高校の現場ではまだあまり浸透していないように思います。例えば、「英語I、II」を今でも「リーダー」と呼ぶ学校が多いですよね。現行指導要領であれば、「英語I、II」に加えて、「ライティング」「リーディング」がその上にくるものとしてあって、現場の感覚としては分けるほうが教えやすいという流れがあります。新しい指導要領では、スキル別にしないことで4技能をまとめて教えるという意味合いを明確化しているのだろうと思います。

私は実際に学校で教えていますので、英語を読んで内容がわかっただけでよしとする流れから一歩進んで、それを味わって、自分の思いや意見を書いたり発表したりするような、生徒同士の活動も組み合わせながら授業をしていきたいなと思っています。


やはり高校ではアウトプットや表現する活動においては貧困であったというか、インプット、理解するところに重点が置かれていたということですね。

松永
私が見たり聞いたりする範囲では、そうですね。

田尻
結局、英語学習は、海外の文明を輸入するために始まったようなものですから、インプット、つまり読めればよかったんですよ。でも今は、双方向のインタラクションが必要になってきているわけで、子どもたちも読んで感じたら自分の感想や意見をしゃべりたくなる。だから中学生はしゃべるんですよ。ところが高校生は黙ってしまう。そういう年代なのに、これはリーディング、これはライティング、これはリスニングと分けること自体が、コミュニケーションから離れていって単なるスキルの練習になっているから、よけいしゃべれなくなるんですよ。結局、心も頭も動かなくなってしまう。

松永
もう1つ言えるのは、高校の教科書は難易度が様々で、場合によっては読んで理解するのが精一杯で、口頭表現するようなレベルでないものを一生懸命読んでいるという現状もあると思うんです。


高校は考えるということを子どもたちにさせていない。田辺聖子さんが「考えないと口は動かない。頭を働かせないと口は働かない」とおっしゃっていましたが、まさにそうだと思う。ただインプットしただけでは、自分の意見を持たず、子どもたちの脳を活性化させられない。そういう意味では、高校の英語教育をやっぱり変えなきゃいけない。

中嶋
訳読の時に、なんとなく分かったつもりで進ませないことでしょうね。大切なのは、Please paraphrase it in your own words. と尋ねて考えさせて欲しいですね。


「コミュニケーション英語基礎」という、中学校でなかなか学力がつかなかった子どもたちに、もう一度基礎基本を学ばせようという橋渡しの科目が初めて導入されたことについてはいかがですか。

髙橋
残念ながら、中学校で養っておくべき基礎的な知識とか技能が定着しないまま高校生になっている生徒がある割合で存在することも事実ですから、そういう生徒たちに対応するための新しい科目が独立してできたことは、現実に即した、いい対応だと思います。

ただ、履修の方法を読むと、「コミュニケーション英語I」は「コミュニケーション英語基礎」を履修した後に履修することが原則なわけですから、高1で「コミュニケーション英語基礎」をとれば、必修である「コミュニケーション英語I」は高2まで履修を待たなければならない。各学校で教育課程を編成する中で、せっかく作ったこの「基礎」を、本当にそれを必要とする生徒たちが履修できる状況になるかどうかというところは、若干不安に思っています。職業高校であれば、必修を早めに終えて、他の必要な科目を充実したいという判断もあるでしょうから。


他に「英語表現」についてはどうですか。

髙橋
「オーラル・コミュニケーション」(OC)が消えて、今度できた「英語表現」は、コミュニケーションとして発信する力をつけるというわけですが、かつての「ライティング」の要素を入れて、使うための文法も学びながら、しっかりと自分の考えを書いて発信できる能力を養うという部分と、OCを受けて、話す力をつけるという部分と二本立てになっているという感じがしますね。でも、これが昔ながらの、いわゆるGrammar & Compositionの授業になってしまうと困るなと思います。


「英語表現」というのは、聞く、読むというインプットの面と、それを自分なりに理解して、自分の意見をもってアウトプットへつなぐ、特に書く、そして話すというふうにつなぐことを目的としているわけです。そこには文法は必ず必要だし、しかも先生方の言うなりではなくて、自分というものを必ず持たなきゃいけない。それがしっかり教科書に反映されて、そういう指導力が先生方に身につけば、本当にすばらしいものになると思う半面、髙橋さんの言ったように、もとの黙阿弥になる可能性もありますね。

田尻
今回の指導要領改定の一番の目的は先生方の意識改革ですよね。それを現場でやってくれるかどうかにかかっていると思う。

中嶋
小学校で素地を作って、中学校で基礎を養って、その上に高校が来るわけですよ。下地ができていないと、今回の改訂の内容まで行き着かないですよね。


大切なのは小・中・高の連携であって、小・中で積み上げてきたものを高校でバラバラにやってしまっては今までの学習が生かされず力がつかないわけですよね。

入試と「コミュニケーション英語I」は相容れないのか?


カリキュラムを想定した場合、進学を中心とした高校、就職希望者が多い学校、それぞれどういうパターンが考えられますか。

松永
「コミュニケーション英語I」は必履修科目なので、たぶん多くの学校で1年生はそれを3単位。その後に続く「コミュニケーション英語II、III」が4技能を全面的に出したものなので、進学を強く意識した、読み書きに重点を置きたい学校は、II、IIIと継続して履修させるのか気になります。「コミュニケーション英語I」と学校設定科目、あるいは「I、II」と学校設定科目というパターンが出てくる可能性もあります。一方、進学をあまり意識していない学校であれば、「コミュニケーション英語I、II、III」に、「英語表現」や「英語会話」を適宜入れてくると思うのです。

現行の指導要領でも多くの進学校はOCはとらずに、英語I、IIと学校設定科目という組み合わせのところがたくさんありますから、その延長線上で、受験に対応するために、「コミュニケーション英語」より学校設定科目でカリキュラムを作るという流れになることもありえますよね。


そうなると、大学入試という問題が高校教育にかなり影を落としている部分がありますね。大学の先生方、どうですか。

田尻
入試はどんどん形が変わってきていて、昔みたいな和文英訳、英文和訳一辺倒ではなくて、工夫して問題が作られるようになってきているのだから、年々変わるその入試をちゃんと高校の先生方が分析しているかどうか、ですよ。それと、面を打ち込める体力をつければ小手は打てるわけだから、先に小手の打ち方、入試のかわし方を教えるのはどうかなと思います。

中嶋
センター入試はすごくよくなってきていると思います。ただ、高校の先生方は二次試験対策に必要以上に意識がいっていて、訳読に走ってしまうというところがあるような気がしています。

僕は「コミュニケーション英語」でセンター入試に充分対応できると思うんですよ。だから「コミュニケーション英語I」を現場でどういうふうに活かすか。どんな教科書が出てくるか楽しみなんですが、中学校の教科書のようにタスクがしっかり位置づけられたものが出てくれば、本当は、そこで十分力はつけられるはずなんですがね。

髙橋
確かに大学独自の試験問題については、さらによりよいものを作っていくことは大事なことだと思います。影響力が強いですからね。ただ、田尻さんが言われたように、昔、自分が受験勉強したころの入試問題というイメージのままでおっしゃっているのかなという先生も、いないではない。例えば「鯨の法則」というのを昔習った覚えがありますが(笑)、そういう入試でよく出ると言われているものが実際にどれだけ出題されているのかを詳細に調べた人がいまして、ほとんど出ていないというデータもあります。当然ですが、入試問題をきちんと見て研究することも必要だと思います。

松永
現役の高校教員から言わせてもらえば、確かにセンター試験はよく考えて作られています。指導要領の流れと一致して、高校で生徒にどのような力をつけたいかを意識して作っておられると思います。センター試験のようなパラグラフの内容を理解して解答できるような長文は、本当にいい問題だと思うのですが、実際にここ数年の国公立大学の二次試験を見ていたら、そんなに変わっているという印象を私自身は持たないですね。きちんと英語の力をつけていけばそういうものにも対応できるのですが、そうした英語の基礎体力をつけさせるにはかなりの指導力が必要で、なかなかその理想どおりにはいかない。どうしてもテクニック重視の指導になってしまうのではないでしょうか。


塾は小手を教えるところだけど学校は基礎体力をつけるところ。なのに、学校も徐々に体力よりテクニックを教えようとしているところが多い気がしますよね。

松永
そうですね。たしかに学校は基礎体力をつけるところなんですが、公立学校もいわゆる進学校であれば他の公立学校や私学と実績を比較されるという現実があって、生涯教育的な発想で英語の力をつけるというより、目先のテクニックに目が向いてしまう…。教師の立場としてはなかなかつらいところです。


今回の学習指導要領は、高等学校で何を教えるべきかに基づいて改訂された経緯があるんです。つまり、大学入試のためではなく、日本の高校を卒業したら最低このぐらいの力はついていなければならないという考え方に則って作られている。その1つに必修化もあるわけで、日本の高校を卒業したら「コミュニケーション英語I」は皆マスターしているという共通性、つまり多様性の中にも共通性を求めたというのが今回の指導要領の大きな改訂のポイントですね。

中嶋
それは伝わってきますね。ゴールとして、どんな子どもを育てるのかということが具体像として共有されていなかったら、それに向けてどうしていくかということが考えられないわけだから。

先生の意識が変われば教科書も変わる?


一番大きな改訂点は、文法事項が、「コミュニケーション英語I」において、全ての事項を適切に取り扱うものとするということで、これが実は教科書に一番影響すると思います。つまり、今までは英語が苦手で、英語Iで中学校の復習をやっていれば、高校を卒業できたのが、今度は必修という縛りがかかっているので、正しくAからZまで書けない高校生でも仮定法を学ばなければいけないわけですよ。

髙橋
そういう生徒も、「コミュニケーション英語基礎」を経て段階的に学習していけばいいですが、もしそれを素っ飛ばしたりすると、大変な落ちこぼしを作ってしまうことになりかねないということを懸念します。

中嶋
それもありますが、もう一方で、言語はアウトプットを伴わないと定着しないということです。何か内容のあるものを読ませて、そのあとアウトプットが何らかの形で要求される。そういう教科書であれば、真の意味でコンテンツを意識できるでしょうね。


そういう教科書は作れると思いますが、それを指導できるかどうか。アウトプットまで子どもたちをもっていけるかどうか、ですね。

松永
それ以前に、高等学校では教科書を教員が選ぶわけで、もしかしたら従来のものに近いものを選ぶことも十分考えられます。


そういうことはありえますね。先生方の考え方が変わらないと、旧態依然とした教科書を選ぶ、逆にそういう事情を教科書会社は考えている。問題はそこですね。

中嶋
高校の先生方には子どもたちを授業に関わらせるという発想自体があまりないように見受けられます。多くは自分で説明してしまう。本当に授業がワクワクして活性化するのは、自分の意見を持って、人の意見も聞いて、話し合ってというプロセスなんです。彼らに気づかせることですよね。


そうですよ。そっちのほうが本当は楽なのにね。大体僕が授業で話していたのは5分ぐらいでしたよ。残り45分は生徒たちが英語を話していた(笑)。

田尻
そう、僕の授業を見に来た先生が拍子抜けしてましたもん(笑)。教科書読ませて1週間後にこれについてディスカッションするからね、と放ったらかしにしとくんですよ。すると彼らは自分で何とか教科書を読んで友だちと教えあう、わからないところを先生に聞くから、それについて先生が説明すればいいんです。先生のほうから説明したら生徒は受け身になる。


高校の先生方にはstudent centeredという考え方があまりないんですね。

松永
ないですね。生徒たちに発表させるということ自体が未知の領域で、たぶんペアワークですらためらっている先生もいると思います。

中嶋
「収拾がつかなくなったら怖い」という声もよく聞きますね。


たくさん高校のお話をいただきましたが、教科書はどういうものができてくるかということももちろんありますが、その元になるこの新しい学習指導要領の理念というのは小・中・高と8年間のスパンで作られているので、高校の先生方にも学習指導要領を読んで、今後どういう子どもたちを育てることが求められているのか、ということを勉強していただければと思います。


【中学校】

増えた1時間で何をするか?


次に、高校を支えるものとして、中学校の指導要領に話を移しましょう。時間数が週3コマから4コマ、3年間で12コマとなって、他の教科と比較しても一番コマ数が多い教科になったのは大きな改善点だと思います。この時間数が増えたことについてはどうですか。

田尻
週4時間が3時間になったときは、署名を全国で集めて4時間に戻してという運動をしたわけですから、やっと1時間増えて4時間に戻ったことに関しては、よくぞやってくれたと思います。ただ、全教科年間980時間の中で140時間を英語が占めるという状況で、英語の先生たちは責任をもたないといけない。大変な思いをして1時間増やしてくれたのだから、それをいい形で使ってほしい。学力向上のために授業を増やすのに、つまらない授業を増やしては、生徒にはこの上、家に帰ってまで勉強しないぞという気持ちにさせるだけだから、そういう形の増やし方ではない、ということをまず知っていただきたいですね。

中嶋
現行の3時間でやっている授業を、そのまま4時間にスライドさせるという発想ではまずいでしょうね。3時間ではやれなかったこと、例えばスピーチができなかったからそれをやらせたいとか、修学旅行の紀行文を書かせたいとか、そういう場当たり的なものをいくら用意しても子どもの力はつかない。本質的に普段の授業自体を変えなきゃいけない。教師の発問で子どもたちが考えたくなる場面を作る。そうしない限り、小学校で育ててきた素地が十分に活かされないでしょうね。


学力向上という結果が求められるわけです。4時間に増やしたけど結局変わりませんでしたでは、また3時間に戻るという可能性もなきにしもあらずです。

髙橋
1時間増えたことで、もう少し「教科内でのゆとりの時間」がもてるといいですね。特に中学校では、いろいろ楽しい活動を与えるのはいいけれども、十分な事前の指導や生徒たちが準備する時間なしに即発表、そして発表後の教師からのフィードバックや事後指導の時間もなく、何でも"Very good."と拍手して終わってしまうことが多かったように思いますが、そういうところに十分な時間を使って1つの活動をやることによって、子どもたちの力がつき、かつ積極性が生まれるような指導になればいいなと思います。

松永
1時間増えるということもそうですが、中学校はこれからスタート位置が変わると思うんです。今までは英語教育の始まりが中学校ですが、これからはすでにスタートを切った子たちを引き継ぐのが中学校ということになると、週4時間の授業で何をすべきか。今、高校に入ってくる子を見ていると、習ったはずのことが使えない、文法項目として習っていても、実際に文の中に出てきたときにそれが認識できないとか、読めない、書けない。特に書く力がここ数年あやふやになってきて、曜日を小文字で始める子や文を大文字で書き始めない子など、文のルール的な部分から指導しないといけない生徒の数が増えています。中学校の授業数が少なくなって、書いた文を先生に見てもらう機会が少なくなったのだろうかと、気になりますね。習ったことを着実に理解できるように先生がステップを踏んで指導することに増えた1時間を充ててほしいなと思います。

髙橋
活動をやったことによって英語力が伸びる授業ができていない。それはさっき言ったように、先生が時間に追われて、しっかりとした指導ができなかったという問題と、もう1つは活動の質の問題ですね。いわゆるゲーム的な活動、ごっこ遊び的なものは、小学生であれば知的レベルにも合うかもしれませんが、中学生ではもの足りない。子どもたちが真剣に取り組むような、やり甲斐のある活動を与え、それに成功するような指導をした結果、成功体験を持たせ、「やったぁ!」という達成感を味わわせる。それが次への動機付けになってくると思います。統合的で、創造的で、そして今習ったものを使うだけじゃなく、今まで習って蓄えてきたものを子どもたちなりに自分で選んで使う総合的な活動といったより質の高い活動を与えることに増える1時間を使ってほしい。小学校の外国語活動も踏まえて、中学校で頑張らなければいけないことだと思います。

中嶋
活動はゴールじゃないんですよ。ディベートで完結、ではない。活動を通して生徒にどんな力をつけるのかということが、教師の頭の中になかったら、何も生まれてこない。木の幹の部分とか根っこの部分があいまいなまま、あちこちで見た活動をそのままやってもうまくいかないですよ。

田尻
こんな力をつけてほしい、こんな人になってほしい、という願いがないとね。増えた1時間を生徒を手厚く見るために使えば、教師が個々の生徒に関わり、理解し、教え方に工夫が生まれ、生徒は伸長感や満足感を持つでしょう。

中嶋
大切なのはオリジナリティですよ。菅さんも人の真似はいやだったからいろんなことをしたんですよ。田尻さんもそう。僕もそう。髙橋さんも松永さんもそう。そうすると自己責任が生まれるんですよ。失敗したら自分の責任。それで一生懸命考える。評価も子どもたちからしてもらうようになって、そこからまた学んでいく。子どもたちのアンケートを活かさなきゃダメだと思いますね。

髙橋
教師としてのbeliefとautonomy。

全員
そうそう。まさしくそう!

田尻
語学は、英文の意味・構造理解→習熟→応用・発展という流れがありますよね。「週3時間ではなかなか教科書が終わらなかったので、4時間になったらもっとじっくり教科書を教えよう」と考えると、説明が増える。そうではなく、習熟や応用の時間を増やし、生徒が練習するうちに考え、理解を深めると考えてほしいですね。

統合的な活動でたくさん練習させ、できることを増やしてやってほしいというのが、今回の指導要領改訂の主旨だと思います。


そう。そのために文法事項や内容を増やしていないんです。定着をきちんとしてくださいということですね。

語数増で、「一語一会」の単語指導にさよなら


現行の指導要領は900語程度までという歯止め規定で、戦後、一番語彙数が少ない形で英語教育が行われてきましたが、今度はそれを1200語程度に改めて、語彙数がかなり増加しました。これは時間数の増加と、小学校の外国語活動で『英語ノート』を使った場合、子どもたちが約280語程度の語彙に触れてくるということを踏まえているわけですが、それに加えて、高等学校では1300語から1800語へと500語増加して、高等学校の卒業までに約3000語の語彙に触れるということになります。そういう一連の語彙のつながりがあるのですが、語彙についてはどうですか。

髙橋
現行の指導要領で不満だったのは、やはり語彙が非常に制限されたことですね。現行でも、聞く・話すを中心に実践的コミュニケーション能力の基礎を養うといったときには、やはり単語力は必要なので、負担のない範囲でできるだけ多くの語彙に触れさせた方がいい。与えた語彙をすべて書けて読めるようになれというのは無理ですが、聞いてわかり、通じる発音で口に出して使える語彙という形でいけば、かなり増やしても大丈夫じゃないか。

私がNHKの「新基礎英語I」をやっていたときは、新しい表現、語彙、熟語として出したものは年間1200〜1300はありました。でもその全部を書けるようになるなんて夢にも思ってないわけで、内容が興味深く印象的なものであれば、半分ぐらいは聞いてわかる単語として残るかな。その中で、さらに何割かは口頭で使える単語として残るかなと。そして子どもたちが本当に興味をもって書くときに使ってみたいというものは覚えてくれるかな、と思っていました。

ですから単語については、たくさん与えるというのはいいことだと思いますが、ただ、与えたものを到達度としてどう要求するのかということについての共通の配慮は、当然必要だと思います。

松永
大阪府でも複数の出版社の教科書を使っていますが、その共通の語彙で何か活動をしようとしたときに、当然入っていてもおかしくない単語が、ある教科書では抜けていたりして、例えば動物だったらcatとdogだけじゃなくて lion もあればというと…

髙橋
そんなことを言ったら、2000語は要る。

松永
そう、だから1200語はそんなに多くないんじゃないかというのが結論です。


でも1200語と言われると、先生方はすべての定着を図ろうとするでしょう。先生方のDNAには、絶対教えなければならないという正義感みたいなものがあるから、多くなればなるほど子どもたちの負担が大きくなってくる。

中嶋
語彙は言葉を学んでいく上で必要不可欠です。僕は3000でもまだ少ないと思っていますが、定着ということを考えたときに、文の中で単語を覚えさせる指導をしていかないといけないと思うんですよ。文脈の中でこそ、意味が生まれる。でも、ほとんどが単語テストという形で1語1語、問題を出している。だから、文脈の中での使われ方に意識が行かない。


単語が一度出てきたらそれで学習は終わりという感じでしょう。スパイラルに何度でも使わせようとするんじゃなくて、"一語一会"ですからね(「座布団3枚!」の声)。

髙橋
それともう一つは、小学校で英語が始まるとはいうものの、文科省のいう形で実施するところでは、基本的に文字についてはそれほど触れさせませんし、体系的に指導することもないので、聞いて意味がわかったり、先生や CD のあとについて繰り返すことはできる、けれど本を開くと読めない、まして読めないと書けるわけがない。増えた1時間の活用の1つとして、入門期から単語の綴りの指導を地道に計画的・段階的に進めていくという手当ても必要だと思います。

中嶋
それと辞書指導ですね。辞書を読んでいて面白いという気持ちにさせられたら、自分でどんどん引くようになりますよ。

松永
それはありますね。確かに。

田尻
中学校の指導要領をちゃんと読んだら、英語を使いながら単語を覚えるような、4技能統合しないといけないように作ってあるので、まずはよく指導要領を読んでほしいですね。


【小学校】

人間教育としての小学校外国語活動


そこで小学校の話にいきますと、新指導要領の一番の目玉であり新しい点は、小学校に外国語活動が導入されたということで、これは高校、中学の英語教育の大きな下地を作ることだと考えています。この導入までに22年の歳月がかかったわけで、全ての方々に満足のいくものではないかもしれないのですが、今できる最大の内容だろうと思います。これ以上を小学校の先生方に望んだり子どもたちに負担をかけたりすることは現状ではまず無理ということで、いろんな考え方がある中で一歩を踏み出したのです。これは小学校で完結することではなくて、中・高の先生方にも大きく影響していくと考えていますので、その辺についてご意見をいただけませんか。

中嶋
学生は、面白くないことはすぐに態度に表します。そわそわし始める。小学校の先生方のえらいところは、子どもたちをよく観察していて、メリハリを作ろうとされるところです。授業中の空気の流れが読めるんですよ。だから、子どもたちの考えを取り入れ、子どもたち同士を関わらせることもできる。また、小学校の先生は表情が豊かですから、子どもの気持ちを高めることができる。単に教えて終わりじゃない。子どもたちをどうやったら乗せらるかという発想でやっておられる方が多いような気がしますね。


中嶋先生は小学校でも教えていらっしゃいましたよね。小学校と中学校とでは、先生としても違う顔を出すでしょう。

中嶋
中学校の教師と小学校の教師は違いますね。ことば遣いも視点もずいぶん違いました。

僕は、最初に中学校で6年間教えていました。荒れた学校にいたから、指導がどちらかというと教師主導だった。でも小学校にそれをしたら、子どもが全然ついてこない。指導主事の先生にも授業を酷評された。そこで、根本的に授業を変えなきゃいけないということにはじめて気がつきました。子どもに授業とはどういうものかを教えられたんですよ。


そういうふうに考えれば、中学校の先生の顔では小学校での授業はまず難しいですね。つまり、中学校の英語の先生が小学校に行って授業をすると、中学校の先生の顔で授業をしてしまって、つい教え込もうとか定着を図ろうとかする。まず、全然文化が違うことを中学校の先生にわかってもらうのが重要だと思います。

田尻
小学校に外国語活動が導入されたことに関しては、世界的に小学校でやっていないところはほとんどないわけだし、中・高で6年間やっても英語ができないからというので小学校におりていったわけだから、中高はそのことを重く受け止めて考えてほしいと思います。小学校はまだ専門的に教えられる先生がいなくてすごく大変だから、いかに中学、高校の先生方が協力して小学校の先生たちをヘルプしていくかが大切ですが、そのためには、もう一度、中高の見直しをしなきゃいけない。今のままで中高の英語教員を小学校に送っても絶対だめだと思います。

5、6年生は知的な活動じゃないとついてこないから、せっかく『英語ノート』ができても、あれを一種の"教科書"と見なして、それこそ中学や高校みたいに訳読式で教えるという、一番子どもが動かないようなやり方では、5、6年生の精神的な知的レベルから考えて、うまくいかないでしょう。そこにどういう工夫をして命を吹き込んでいくかというのが、次のわれわれの課題になってくるでしょう。いろんな批判はあるだろうけれども、歴史的な第一歩を踏み出したわけだし、あそこまで頑張って『英語ノート』もできたわけだから、それをさらに使いながら改良していけばいいと思います。子どもたちのための授業ができればいい。そのためには、大学での教員養成も重要な課題ですよ。まず大学の先生が小学校に行って実際の授業を見ないと。

髙橋
私は現在、神奈川県内でいくつかの市の文科省研究開発校や拠点校の支援に関わっています。もちろん指導上改善すべき課題とか制度上の今後の課題は多々ありますが、菅さんが言われたように、「現時点としてできること」という意味においては、非常によく頑張って導入していただいたと評価しています。

すでに何年か取り組んだ先生方から成果をお聞きすると、もちろん難しいし、準備するのも楽でないから大変だけど、他の教科では見られなかった子どもたちの新たな良さを発見できた、とか、どの授業でもほとんど口を開いてくれなかった児童が初めて英語活動の時間に口を開いて声を出してくれた、英語活動でアイディアを考えたり工夫したりしていることが他の教科の指導に活かせる、同僚の先生と協力して指導案を考えて、教材を一緒に作ることを通して、教師間の連帯意識が生まれて職員室が活性化した、というような報告が出ています。また、通常は先生と児童が1対1で授業をしている特別支援学級の子どもたちが、同じ時間に同じ題材で一緒に活動できる点も教育的価値があるとおっしゃっていましたね。

中嶋
つまり、外国語活動というのは、新しい自分を作れる世界なんですね。違う世界が見える。


外国語活動はね、心を解放するものなんですよ。

中嶋
そうなんです。教師も変われる。教師は、そこで変わらなきゃいけない。

髙橋
発達段階に応じた人格形成、人間教育の場でもあります。


心を育てる外国語活動です。

中嶋
そうそう。

田尻
この前、テレビ番組で小学校で授業をしたんですが、動物分類クイズで象と猫とクジラを1つのグループにして、共通点は?と聞いたら、「哺乳類だ」「脊椎動物だ」「じゃあ、それを英語で言ったら?」「先生、哺乳類って英語でどういうんですか」「それを英語で言いなさいよ」「無理や」「知っている単語で勝負しなさい」と。そしたら、6つのグループが全部正解を出したんですよ。あるグループは"baby milk group"、もう1つのグループは "egg birthday no"(笑)。「卵で、生まれる、NO」って。面白いですねぇ。

あとで、中学校に行ったらどんな勉強したいかと聞いたら、「今日みたいなのが英語で言えるようになりたい」と言うわけです。"baby milk group"は、赤ちゃんで、しかもミルクを飲むグループでしょう。英英辞典で哺乳類 "mammal" を引くと、"One of the class of animals that drinks milk from its mother's body when it is young."と書いてある。これはすべて中学校の英語なんです。小学校で"baby milk group"が言えて、やった、通じたという喜びを味わって、中学校でもっと上手になりたいと思って入ってくる、その子たちがこういう文が言える、書けるようにしてあげるのが、中学校のこれからの仕事になってくると思います。

松永
心を育てる外国語活動という面は、中学校や高校の英語教師にはわかりにくいんです。だけど実際に小学校の先生や小学校の子どもたちに接して、授業を見学すると、その辺は実感しました。小学校の外国語活動というのは、髙橋先生がおっしゃったように、子どもたちの新たな良さを見いだせるような、どの子もキラリと光る場面を作れる場となったらいいなと思います。


コミュニケーションをとりたくない中学校の生徒に、コミュニケーション活動をしろ、この単語を覚えろと言っても、触りたくもないのに単語なんて覚えようなんてしないですよね。だから、小学校では、コミュニケーションをとりたい、人の話を一生懸命聞こうという子どもたちの情意面をきっちり育てないといけないということだと思います。それを今まで中学で一気にやろうとしていたのが難しかったのです。

中嶋
「素地」というのはまさにその部分なんですよ。人格形成の素地なんですね。

小中高の連携の時代へ向けて


最後に一言ずつ、小学校の先生、中学校の先生、高校の先生に向けての励ましの言葉、あるいはご自分のこれからの抱負をいただければと思います。

松永
今、過渡期に遭遇しているという実感がすごくあります。いろんなことが変わっていく中で、新しい良いものにちゃんと対応していきたいし、もっと勉強していきたいので、この新しい学習指導要領が、自分で無意識に作っている殻を取り外す、いい機会になったらいいなと思います。現場の先生方も殻を取り外して、さらに光っていってほしいなと思います。

田尻
大学で教えていて思うのは、大学生は最初はディスカッションが全くできないんですよ。したことがないから。でも慣れてくるとだんだんいろんなことを考え始めて、いろんなことを書き始める。そのときに、僕が「これは中学校の表現やから、高校レベルに直してみ」と言って考えさせると、「あ、あの表現が使える。先生、高校の表現って使えるね」と言うんです。彼らが中高で習ってきたものは大きな財産だということに気がついてない。「入試以外に英語が役立つって中学で知ってたら、俺もっと頑張れたかも」なんて言う学生もいましたね。

意見を持って人とディスカッションをするということは最初はすごく苦しくても、慣れるとすごく楽しくなってくる。同じように、子どもたちが先生に質問したり、先生に指摘されたら「何で?何が違うの?」と聞きまくるところで、先生と生徒が一体感をもって授業ができる。すると、今やっている仕事がもっと楽しくなりますよ。だからこの機にやってみませんか、という提案となる指導要領だと思うんです。一方的に教えていて、生徒の態度を見たらつまらなそうだという先生方には、この指導要領をもう1回深く読んで、先生も生徒も大事なことをお互いに教え、教わっているということを実感していただきたいと思います。

髙橋
小学校の英語については、もちろん賛否両論ありますが、矢は放たれたということで、中学校につながる素地を作れるかどうか、よりよいものにどうやって定着させていくか、小学校の先生方は大変ですが願張っていただいて、われわれ中高の教師あるいは大学の教師も含めて、英語教育関係者が精いっぱい協力しながら、よりよいものを創っていく。そのことによって、さらなる英語教育の構造改革が起こるかもしれないなと思っています。

いずれにしても、教育というのは即効性を求められないし、時間がかかりますし、短期間の数値目標を設定して何かやるというのもなじまない。でも教師が変われば授業は変わるし、教師と授業が変われば必ず子どもたちは変わっていきますので、それを信じてみんなで頑張っていって、よりよい英語教育が小、中、高でできるようになればいいなと思っています。

中嶋
3つあります。1つは教師の絶対的指導観。ここは絶対に譲れないとか、この指導は必要だという思いが大切です。例えばクラスが荒れたり間延びしたりするのは、絶対的指導観がぶれたりするからです。待つのもそう。学ぶことには忍耐が必要です。勉強は勉学を強いると書きますが、忍耐強く待ってあげてほしいですね。

2つ目。考えることは本来楽しいことなんです。教師自身は考えることが楽しいということを体験しているのですが、子どもたちにそれをさせていない。自分がやっていて楽しいことは、子どもたちにもさせてあげてほしい。そういう場を作ってあげてほしい。場の雰囲気が読めたら、子どもたちが考える時間を必要としているかどうかはすぐにわかりますよ。

最後に、言葉に関わる喜びをもつことです。私たちは英語の教師の前に、言葉の教師ですよ。言葉を通して子どもたちをどう育てていくかということを考えたいですね。いったん私たちの口から言葉が出てしまったら、それは相手に委ねるしかない。言い直すことはできない。書いてしまったら書き直すことはできない。だとしたら、言葉をしっかり受け止めるような心のセンサーを育てる。正しく理解してくれるような心のセンサーを育てなきゃいけない。それには正しく理解する力、正しく伝える力をつけてあげなきゃいけない。それが言葉の教師の仕事じゃないかと思いますね。その仕事を、子どもたちとの共同作業の中で、誇りをもって、楽しんでいただきたいですね。


今回の学習指導要領の改訂は、「コミュニケーション」というキーワードで小、中、高をつなげるものだと思っています。小学校ではコミュニケーションという土壌を耕して、種をまく。中学校、高校ではその種に水をやって芽生えさせて、茎を伸ばして、そして花実をつけさせる。それが一連となってコミュニケーションを耕さない限り、小学校は小学校、中学校は中学校、高校は高校でバラバラになったらもとの黙阿弥になる。学習指導要領が変わっても結局何も変わらないじゃないかと言われるかもしれないけれども、変わらないのは現場の責任もあると思います。子どもたちのために何ができるか、という視点で考えていれば、おのずと先生方の指導力も向上すると思います。

(2009年3月10日)

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