学習者の成長欲求に応える英語教育
2008年12月31日
2008年12月31日
![]() 「英語教育」2009年1月号(大修館) → 目次はこちら → 定期購読はこちら From "The English Teachers' Magazine" January 2009 Vol.57 No. 11 (Taishukan) 三浦 孝 Miura Takashi 科学技術の進歩で、機械とコンピュータがどんどん人間に取って代わり、生活は加速度的にハイテク化、高速化してゆく。しかしどんなに科学技術が進歩しても、変わらないのは人間の内面である。いつの時代にもすべての人間は、より良く生きたい、もっと有能になりたい、人に愛されたい、尊敬できる自分になりたいと切に願っている。この願いに英語教育が応えることができれば、学習者は英語学習に意味を見出し、主体的学習者として歩み始める。この見通しは、さながら闇夜の燈台のように、英語教師の進むべき道を照らしてくれる。 学校教育の目的教育の主人公は学習者であり、学校はその援助者である。これは戦後日本の学校教育の大前提である。この大前提は、戦前の日本の教育が犯した大きな過ちに対する反省から来ている。その過ちとは、国が時の権力の都合で教育を支配し、学校を国益のための従順な兵隊や後方部隊作りの場におとしめて、無謀な戦争に突き進んだ過ちである。公教育は権力主体の国民教化行為であってはならず、学習者主体の学習権保障行為でなければならない。この大前提は教育基本法第1条に明確に規定されている。 「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」(教育基本法) 「人格の完成」とは何かそれでは「人格の完成」とは何か。カール・ロジャーズによれば、学習者が自己の持てる潜在的可能性を最大限に開花させたfully functioning personとして自ら育ちゆくことが人格の完成への道である。全ての人間はこの人格完成に向かって自ら歩もうとする性質をおのずから備えている。理想的な生き方とは、到達点ではなく、それに向かうプロセスにある。要約すれば学校教育の第一目標とは、学習者の成長欲求、すなわちfully functioning personとして開花してゆこうとする欲求に応えることだと言える。 「成長欲求」とは何か成長欲求は、マズローの5大欲求の中の上位4つの欲求で説明できる。すなわちそれは「安全の欲求」、「所属と愛の欲求」、「承認の欲求」、「自己実現の欲求」から成ると考えられる。これらは人間の本性に基づき、泉のようにこんこんと湧いてくる欲求であり、誰もそれを押しとどめることはできない。その欲求の強烈さゆえに、発露の方向を誤れば破壊的方向にも向かいかねない。この欲求を学習へと導くならば、強力な学習動機となって大きな成長を生み出す力ともなる。教科教育は、学習者の成長欲求を教科学習へと適切に導くことが必要である。 「英語を教えていれば、おのずと生徒の成長欲求に応えることになる」という見方がある。しかし、おのずと人格が完成されるのを待った戦後60余年間を通じて、英語教育はどのように人間形成に貢献できたのだろうか。 また近年、英語を道具とみなして効率性を追求する風潮の中で、英語教育から人間形成的要素は無くなってしまいはしないか。さらには、対人コミュニケーション能力の未発達が原因とみられる犯罪が急増する中で、英語教育による人間形成の筋道を自覚的に追及してゆくべき時代に入ったと言えるのではないか。 英語教育はどのような成長欲求に応えたらよいか英語学習に関わる学習者の成長欲求といえば、何よりもまず「英語が使えるようになりたい」という欲求である。・「英語で海外の人と友達になりたい」 ・「英語で自分の考えを表明できるようになりたい」 ・「英語を駆使して世界で活躍する仕事がしたい」 これらはまさしく、先述のマズローの欲求に直結する。習ってきた英語を使って外国人に話しかけ、その英語が通じた時の生徒のうれしそうな姿を、英語教師なら誰でも目撃している。「通じた!」という一度の体験で、生徒の持つ自己イメージが劇的に好転してしまうほど、通じる喜びは大きいのだ。 英語教育関係者は、何よりもまずこの成長欲求に真摯に応えなければならない。ただしそれは国策的動機に基づいた「使える英語力」政策を取ることには直結しない。(本誌2004年1月号「『戦略構想』と英語教育が取るべき道」を参照されたい。) 一方、英語運用力を高めるだけが学習者の成長欲求では決してない。これまで日本の学校英語教育で提唱されてきた教育目標の中で、下記の3つは生徒の成長欲求対応に大きく関わるものである: ア)異文化理解的目標 異文化や異なる価値観を理解するための英語教育 イ)Humanistic Language Teaching的目標 自己と他者を適切に理解し、自己と他者の間に良好な関係を育てる英語教育 ウ)Global Education的目標 世界が直面する課題を理解し、解決の方向をさぐるための英語教育 永倉(2006)が中学・高校・大学生とその保護者・教師に対して行った英語学習目標調査によれば、上記ア)、イ)、ウ)の人間形成的目標は、入試対策などの功利的目標とほぼ同程度に中高生に支持されており、大学生では功利的目標を抜いて1位となっている。また保護者と教師の回答では、人間形成的目標が実利的目標よりさらに高く評価されている。「生徒の進学希望を叶えるためには、運用力養成は犠牲にせざるをえない」と主張される学校があるが、本当にそれが生徒・保護者の希望であるかどうかを実際に調査してみてほしい。 回り道が、結果的により効率的に英語力を高める日本人の英語運用能力向上の必要が叫ばれる今日、英語教育は人間形成などにわき目を振らないで、ひたすら英語力向上に専念すべきだ、という声が聞こえてくるような気がする。はたしてそれは現実的だろうか。日本のようなTEFL状況下では、学習者は習っている英語の実利的効用を実感することは少なく、試験や昇進で英語力の必要に迫られた者がinstrumental motivationを持つにすぎない。このような状況で、学習者の英語学習動機を喚起するためには、学習者にとって英語学習を面白くする・人間的に意味深いものにするといった、人間的意味付けが必要になってくる。学習者の成長欲求に応える英語教育が一見回り道に見えても、実は「使える英語力」育成のためにも近道なのは、こうした理由によるものである。 またTEFL状況下では、教室外で英語にさらされることがほとんど無いために、英語習得に必要なexposureを得る機会は、ほぼ教室での英語コミュニケーションに限られる。学習者が教室で自ら進んで英語のexposureの機会を持つためにも、学習内容を人間的に意味深いものにすることが必要になる。 ここで大切なのは、英語運用力養成と人間形成的目標を、あれかこれかの二者択一でとらえてはならないことである。前者は後者から学習動機と、語るべき内実を与えられる。たとえ英語運用力が高くても、その人に話すべき内実が無ければ、人に聞いてもらうことはできないのだ。一方、後者(人間形成的目標)は前者(英語運用力養成)の目標を達成してこそ、学習者の自信や達成感として結実するのである。したがって、英語教育の人間形成的アプローチとは、英語をそっちのけにして日本語で人の道をお説教したりすることでは断じてなく、英語運用力を養成する確かな授業プロセスの中に、埋め込まれているべきものである。 授業プロセスに埋め込まれた人間形成的アプローチとは筆者の提案する授業は、Humanistic Language Teachingの延長線上にある、社会性育成の相互交流型アプローチの授業である。このアプローチは、自分や相手にとって人間的に価値ある意味を持った伝達を行うコミュニケーション活動というプロセスを通じて、学習者の英語コミュニケーション能力を高め、ひいては母語を含めた対人コミュニケーション能力をも育成しようとする指導法である。一つの簡単な例を紹介してみよう。これはMoscowitzの共感的傾聴訓練法によるもので、平均的な高校1年生なら容易にできる活動である。まず下記のようなsentence stemを与えて、下線部に自分なりの内容を記入させる。 I am very happy when . I like those people who . 次にペアを組み、自分が作った文でアイ・コンタクトをとりながら相手に話しかける。聞き手は相手のメッセージを受け止め、"I"を"you"に変えて、共感を込めてそれを相手に返す: Kenji: I like those people who are kind to small people. Saori: Uhm hmm.(いったんしっかり受け止める)→(共感を込めて)Kenji, you like those people who are kind to small people. I see. このアクティビティーを通して、学習者は「自分はどういう人々が好きなのか?」を掘り下げることができる。またそれを言語化することで、自分を肯定的に受けとめることができる。聞き手は相手がどういう人々を好きなのか、理解することができる。そしてお互いに、共感を共有することができる。 こうしたアクティビティーを系統的に積み上げて、学習者の自我の安全に配慮しながら、教室に自己を語り、他者を理解し、共感しあい、建設的な人間関係を切り開く雰囲気と力を育ててゆく。 このアプローチは、第一義的目標をあくまでも英語コミュニケーション能力の育成におきながら、授業アクティビティーという学習プロセスを通して、自己受容・自己向上・共感的理解・他者理解・人間関係作り・initiative taking・risk taking等、肯定的なコミュニケーションを行う資質を養おうとするもので、すでに実際の中高大の授業で実践されて成果を上げている(中嶋(2000)、三浦・弘山・中嶋(2002)、三浦・中嶋・池岡(2006)を参照)。 さいごに成長欲求に応える授業は、やっていて楽しい。自分がより良く生きることにつながっているので、学生は楽しく主体的に授業に参加するようになる。学生の発言から学ぶことができるので、教えている教師も楽しい。クラスメートの悩みにアドバイスを書きあう英作文授業では、教師が作品に添削コメントを書くのに深夜までかかるが、読んでいて面白いので苦にならない。冒頭の闇夜の灯台の言葉は、どんな時にも私たちを導いてくれる。◆引用文献 永倉由里(2006)「英語教育の目的は何か―中学・高校・大学の生徒・学生と教師へのアンケート調査から―」犬塚章夫・三浦孝(編著)『英語コミュニケーション活動と人間形成』成美堂 中嶋洋一(2000)『英語好きにする授業マネージメント30の技』明治図書 三浦孝・弘山貞夫・中嶋洋一(2002)『だから英語は教育なんだ』研究社 三浦孝・中嶋洋一・池岡慎(2006)『ヒューマンな英語授業がしたい』研究社 カール・ロジャーズ(著)畠瀬稔・畠瀬直子(訳)(1980)『人間の潜在力』創元社 |
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「英語教育」2009年1月号 |
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This book has been written for teachers of English who are curious, confused or unconvinced about the teaching of grammar.
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