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英語教育エッセイ

国内外で活躍する英語教育業界関係者によるエッセイコーナー

墨塗り英語教科書と戦後の教材・題材史

2006年11月30日


英語教育の最新版
「英語教育」2006年12月号(大修館)
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From "The English Teachers' Magazine" December 2006 Vol. 55 No. 11 (Taishukan)
和歌山大学教授
江利川春雄
Erikawa Haruo


1947(昭和22)年4月、すべての子どもに外国語学習の機会を保障する画期的な学校制度が誕生した。新制中学校である。それが来年春で60歳の還暦を迎える。節目にあたって、教科書の題材(トピック)に焦点を当てながら、戦後英語教育の歩みを振り返ってみよう。

墨塗りされた準国定の『英語』(1944年刊)
図1 墨塗りされた準国定の『英語』(1944年刊)


「墨塗り」からの出発

1945年夏の敗戦にともなって軍隊は解体され、秋から冬にかけて教室でも「墨塗り」による教科書の武装解除が進められた(図1)。英語の時間にも、「教師の指示にしたがって不都合なページに墨を塗り、その部分を自宅で切り取って提出した」(松村幹男・広島大名誉教授談)といった事例が少なくない。「墨塗り」といっても、実際には削除の方法や対象は多種多様である(磯辺・江利川2006)。削除された文例をみてみよう。

My parents always say that all Japanese boys are to become brave and strong soldiers in future. So I will try to do my best to train myself through military training.(中学校1年用)

Our country, Nippon, is in Asia, and is the strongest in the world.(中略)Our language will be used more and more in the Greater East Asia.(高等女学校2年用)

“the Greater East Asia”とは、日本が支配しようとした「大東亜共栄圏」のことである。削除・修正の対象が教材の中の「題材」に関する部分であるのは、題材こそが国家や社会が期待する人間像に深くかかわるからである。教え子がイラクのような戦場に送り出されるいま、戦後英語教育の開始にあたっては、どんな教材に墨が塗られたのかを思い起こしたい。ただし、「墨ぬり」の目的は戦争への真摯な反省からではない。「進駐してくる米軍の目から、教科書のなかの軍国主義的なところを事前に隠してしまおうというのがねらい」(久保田藤麿・当時文部省青少年教育課長)だったという。過去の教育内容に対する反省の弱さを、戦後英語教育は出発点から抱えていた。これが、後々まで尾を引くことになる。

1946年度には、戦時版の軍国主義や国家神道などに関する題材が削除・改訂され、1年限りの「暫定教科書」として刊行された。『英語3』の英作文教材を例にみると、戦時版にあった「お友達と一しょに靖国神社に参拝しました」が「上野公園に行きました」に変えられている。まだA級戦犯は合祀されていなかったが、靖国神社参拝は教育にふさわしくないと判断されていたのである。

アメリカへのあこがれ

1947年度には、新制中学校の発足に間に合せるべく、文部省がLet's Learn English を刊行した。アメリカ人の男女が一緒に歩く表紙は「男女共学」の新時代を象徴していた。翌1948年に出たJack and Betty の表紙では、男女が手まで握っている(図2)。やがてフォークダンスが運動会の定番となる。学校の民主化は、米軍のジープと「オクラホマ・ミキサー」に乗ってやってきた。あのダンスは恥ずかしかった。坊主頭の少年には、ちょうちんブルマの少女がまぶしすぎた。

Let's Learn English と Jack and Betty

図2 Let's Learn English と Jack and Betty

1949年度からは民間の検定教科書時代に入る。2006年度分までの中学校外国語用だけで149種類もあるため、本稿の考察では採択率の高い教科書を優先したい。採択率は1963年度の中学用ではJack and Betty の開隆堂が64.8%と、2位の三省堂22.8%を大きく引き離し、1978年度の44.5%まで首位を守っていた。1967年度に登場した東京書籍のNew Horizon は1981年度に首位を奪う。

Jack and Betty はアメリカ中産階級の日常生活を描くことに徹した親米教科書として有名だが、それは時代の反映でもあった。1949年5月に実施された時事通信社の世論調査によれば、日本人が「もっとも好きな国」はアメリカが断トツの62%で、2位のイギリスは4%でしかない。逆に、「もっとも嫌いな国」はソ連の53%で、アメリカ「嫌い」はたった1%だった。「冷戦」体制に日本人の意識もスッポリはまっていたわけだ。もっとも、アメリカの対日占領政策も巧妙で、いまの対イラク政策とは大違いだった。

教材には、「どんな次世代を育てるか」という思いが込められている。Jack and Betty の初版をみると、Jack の父親は自動車会社の技術者だった。汗と油にまみれて物作りに励むことが、戦後復興期の理想像だったのである。ところが、『経済白書』が「もはや戦後ではない」と宣言した1956年版では、父親はソファーに座って優雅にパイプをくゆらせている。給料が上がったのだろう。後継のNew Prince(1966年度版)になると、主人公の Roy は父親の職業である医者志望で、あこがれの階層が上昇している。New Horizon(1972年度版)をみても、これまた主人公 Mike は父親と同じ医者志望。これでは、子どもが塾に行くはずだ。

日本人主体の題材へ

朝鮮戦争(1950‐53)特需をバネにした高度経済成長と、1964年の東京オリンピックの成功で、日本人は自信を持ちはじめる。逆にアメリカのイメージは60年安保闘争とベトナム戦争によって悪化した。所得倍増でテレビを手に入れた日本人は、アメリカ人の悪役レスラーを空手チョップでなぎ倒す力道山に拍手喝釆を送るようになった。

こうして、1960年代には教科書の題材にも日本ものが目立ってくる。ハーン文学の傑作 “Mujina” はその代表である(図3)。New Prince シリーズの看板役者として、1962年の初舞台から1986年の千秋楽まで、8期中7期を勤めあげた。目鼻立ちは良くないが、希代の名優である。

New Prince English Course 2
図3 根強い人気だった“Mujina”
New Prince English Course 2 (1984年度版)


文学といえば、1968年に川端康成がノーベル文学賞を受賞し、記念講演は「美しい日本の私」だった。これをまねて、国鉄(現 JR)は「ディスカバー・ジャパン」運動の副題を「美しい日本私」にした。本音は大阪万博後の乗客減を挽回するためで、現実の日本は公害列島と化していた。「美しい日本」などという美辞麗句の裏には、今も昔もうさん臭い意図が隠されているようだ。

筆者が使った1969年度版New Prince Readers 1の表紙は自由の女神で、Jack and Betty時代から続く親米路線の最後を飾るものだった。その後はNew Princeにも日本人が増えていく。1972年度版には米国にホームステイ中の日本人ナオミが登場。着物姿でモテモテだが、芯は強い。いよいよ帰国という彼女に、Ben 君は「アメリカ人になって僕たちと一緒に暮らそうよ」と口説く。しかしナオミ嬢は “I like your country、 but I also like Japan.”と断り、日本人としての意地をみせた。この年、日本は中国との国交正常化を実現し、アメリカの思惑を超えて独自外交を展開しようとしていた。いつまでも言いなりにはならない。

1978年度版では、海外赴任中の日本人オカさん一家がBrown一家と並んで主役の座を占めるまでになった。おまけに、父親のBrown氏は空手の黒帯で、母親の趣味は日本人形の収集だというから、日本の株も上がったものだ。

この年にはNew Crownが登場し、日本人の視点と異文化理解を大胆にとりいれて、その後の題材論に大きな影響を与えた。とりわけ、Little BoyやFat Manという軽妙な英語が、実は広島と長崎に投下された原爆の名前だったとする1990年度版の“Two Visitors”は、ことばの魔力と被爆の悲惨さを考えさせる逸品だった。

高校用でも、1980年代には日本文化を積極的に発信しようとする教材が目立つようになる。たとえば、VISTA English Series I(1982年度版)では、鎌倉と箱根、日光、京都、長崎、札幌の5編シリーズで外国人に日本を紹介する設定だった。

1989年告示(1993年度実施)の中学校学習指導要領は、「国際社会に生きる日本人としての自覚を高める」という方針を打ち出し、日本人の生活や文化を海外に発信する教材を推奨している。こうした目標は、戦時下1943年の中学校規程で「国民的自覚ニ資スル」と掲げられて以来である。

かくして、1993年度の中学用教科書では日本人が登場する課が全体の74%にも達し、アメリカ人の53%を大きく上まわった。前回の指導要領に基づく1981年度版教科書では、アメリカ人が63%、日本人が62%だったから、その後に主客が逆転したことになる。教材の設定場所でも、1993年度版では日本が40%となり、1981年度版の18%から倍増した(江利川 2002)。

題材内容では、日本人が海外で「国際貢献」する題材が増えた。たとえば、青年海外協力隊の活動(Everyday 2, Total 3)や、日本人医師のネパールでの医療奉仕活動(Sunshine 3)などである。また、俳句、将棋、囲碁、落語などの日本の伝統文化を積極的に発信する題材も増えた。文学では宮沢賢治の『注文の多い料理店』と『銀河鉄道の夜』が合計3つの教科書に登場したのを筆頭に、『夕鶴』『浦島太郎』なども載せられている。

ただし、日本中心の題材は、戦時下の『英語』のように、日本を過度に美化し、ナショナリズムを煽るものであってはなるまい。真の国際理解には、自国の負の歴史を直視することも不可欠である。その点で、中村敬氏らの高校用First I・II(1989年度)が台湾統治下での日本語強制の問題や、東南アジアでの日本軍の残虐行為に言及したことは、英語教材史上の特筆すべき試みだった(図4)。

消された教材”War”

図4 消された教材“War”

にもかかわらず、教材“War”は検定合格後に一部政治勢力の横やりで差し替えさせられた。それに対して、英語教育界の多くは無関心で、必ずしも有効な反撃ができなかったという。そうした体質はどこから来たのか。思い返せば、戦後英語教育の再出発に際して「墨塗り」という隠蔽によって過去の清算を怠ってきた。そうした歴史に遡って自己点検を行うべきではないだろうか。

多文化主義とグローバル化

1969年改訂(1972年度実施)の中学校学習指導要領は、題材を英語圏だけでなく「広く世界の人々」にまで広げるよう求めている。こうして、英語教科書の脱英米化と多文化主義は1970年代から徐々に進み、1980年代から本格化する。

1972年度の中学用をみると、三省堂のTotal English: Junior Crown Seriesでは、アメリカ人のVincentがソビエト・ロシアに住むStanislasと当時最先端のカセットテープで声の文通をしている。東西冷戦下にあって、平和共存への願いを込めた先駆的な題材である。

アジア、アフリカ、中南米出身の登場人物は、1981年度の中学用で12%の課に登場し、1993年度用では32%に急増した。高校用では、若林俊輔氏らのThe New Century English Series I(1982年度版)が「諸外国の宗教・文化・人種などの相違を偏見にとらわれずに認め、相互理解を深める」(編修方針)として、多文化主義を打ち出した。この1980年代からは中・高を問わず、キング牧師に代表される人権問題や、酸性雨や森林伐採などの地球環境問題を扱う教科書が増えた。

1993年は国際先住民年だった。同年の中学用教科書には、ニュージーランドのマオリ族、オーストラリアのアボリジニ、北極圏のイヌイットなどが登場した。また、多言語事情の面からアメリカを考える教材もあった。時代は確実に変化した。

「役に立つ英語」論の流れ

題材論とは別の角度から戦後の英語教科書史をながめると、会話重視の根強い潮流が見えてくる。

戦後の「役に立つ英語」論は1955年に日本経営者連盟が出した要望書から始まる。これを受けて、文部省は1960年に英語教育改善審議会を発足させた。その答申には「今後5カ年間、文部省主催で現職教員がhearingと speakingの力をもっと身につけるように再訓練すべきである」とある。そのために助成金を出し、英語漬けの研修を行った。現在の「英語が使える日本人」育成計画とそっくりである。

1969年改訂の中学校学習指導要領では「聞く・話す」を中心にした「言語活動」が強調され、従来の文法シラバスからの脱却が図られた。中学用教科書のタイトルは一斉にReadersをやめ、明治以来の「読本」を脱した。翌年改訂の高校学習指導要領では「英語会話」が新設された。「英会話を教えられる教師が何人いるんだ」などと陰口をたたかれたが、当時の教科書を読み直してみると、なかなかよくできている。たとえば、田崎清忠氏らのOral English Workshop(1973年度版)をみると、冒頭でリズムやイントネーションを本格的に指導するなど、会話の基礎固めに効果的な構成となっている。

1981年度時点での高校用検定教科書を数えると、英語会話が4種類だけだったのに対して、英文法は22種類も刊行されていた。これが現場のニーズだった。にもかかわらず、文部省は1978年の学習指導要領改訂(1982年度実施)によって、カリキュラムから英文法を一掃してしまう。

1989年改訂の学習指導要領から「コミュニケーション能力」の育成を謳っているのはご承知のとおり。語彙も時間数も削減され、中学用教科書のページ数は中国の半分以下になった。

英語との言語的距離が遠い日本のような特異なEFL 環境で、英文法の時間を廃し、オーラル重視に転換したことが正しかったのだろうか。1993年度から高校入学時の英語学力が低下し続けているという深刻な報告もある(斉田ほか 2003)。

戦後英語教育は60歳の還暦を迎えるが、安泰な老後はだいぶ先のようだ。


◆参考文献
磯辺ゆかり・江利川春雄(2006)「『墨ぬり』英語教科書の実証的研究」『和歌山大学教育学部紀要・人文科学』第56集.
江利川春雄(2002)「英語教科書の50年」『英語教育 Fifty』大修館書店.
斉田智里ほか(2003)「高校入学時の英語能力値の年次推移」STEP BULLETIN. Vol.15.


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墨塗り英語教科書と戦後の教材・題材史
江利川春雄
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いちばん変わったのは女性の役割と地位:
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