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英語教育エッセイ

国内外で活躍する英語教育業界関係者によるエッセイコーナー

中国の英語教育から見えてくるもの

2006年1月31日


英語教育の最新版
「英語教育」2009年2月号(大修館)
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From "The English Teachers' Magazine" February 2006 Vol. 54 No. 12(Taishukan)
明治大学教授
尾関直子
Ozeki Naoko


私が担当している上級の英語クラス(大学2年生)では、15人の学生のうち4人は中国からの留学生でTOEICでは600点から840点のスコアを持っている。ほかのスピーチ・プレゼンテーションの英語クラスでも、流暢な英語を話し、堂々とスピーチやプレゼンをこなすのは、中国人留学生である。彼らのような英語の実力のある学生を中国はどうして育てることができるのか、かねてから興味があったが、今回の北京、上海における視察でその理由がよく理解できた。中国の英語教育は、確実にその目標を達成すべく機能しており、優秀な学生を生み出していた。

中国での英語教育が日本と明らかに違う点は、以下の3つに集約できる。

1. 学習者の英語を習得しようとするモチベーションが非常に高い。
2. 英語教育が質的に優れている。課程基準(中国の学習指導要領)の目標が明確であり、授業内容もそれを実現するものとなっている。
3. 英語の学習量が多い。英語の授業時間数は課程基準に基づき多くなっている。

学習者の高いモチベーションはどうして?

私が訪れた北京東四九条小学校の英語の授業では、教師の指示に従って、小学3年生の児童がディスカッションをしていた。4人グループで4コマ漫画に沿って物語を作るためである。“I think he says, I will eat you.”と1人の生徒が言うと、“Yes! Then he runs away.”や“No, no. He won't run away.”と別の生徒が言う。子どもたちは、非常に活発に意見を言い合う。先生がグループごとに物語を発表するように指示すると、あちこちで生徒の手が上がる。前から練習していたのではないかと疑うほどである。その疑念を払うかのように、次の新しい物語に入っても、先生の質問に次から次へと子どもたちが手をあげる。小学生なので、英語に対する好奇心が強く、モチベーションが高いのはわかる。しかし、今回訪れた高校や大学では、高校生や大学生も、小学生と同じように積極的に教師の質問に答え、ペアワークやグループワークで自分の意見を述べていた。

生徒のモチベーションが高い理由について、それぞれの学校で先生たちに尋ねてみた。まず、世界で活躍するには英語が必要であることを生徒たちが実感していること、子どもの将来を考え、親たちが英語教育に熱心であることなどが、その背景にある。さらに中学や高校では、進学するためには、英語の成績が良いことが絶対条件であることが生徒たちのモチベーションを高めている理由であるそうである。

特に、高校生が大学に進学するには、国の統一入学試験(上海と北京は独自の試験をしているが科目の配点は同じである)を受ける必要がある。その配点は、英語(英語は外国語の選択必修科目の1つなので、日本語やロシア語でもよい)150点、国語150点、数学150点と3科目で450点となり、その他3科目(物理、化学、生物、歴史、政治、地理等より)で300点となっている。英語の配点が国語や数学と同じように、750点中150点という非常に高い配点となっていることも、生徒のモチベーションを高める1つの要因となっている。

それでは、大学生の場合はどうであろう。中国では、CET (College English Test)という英語専攻ではない大学生の英語能力を測る統一試験が行われている。この試験は、1987年から CET 委員会が教育部(日本の文部科学省に相当)の援助を得て年2回実施している。毎年100万人以上の大学生がこの試験を受験している。中国には、英語専攻ではない大学生がどのような英語を学ぶべきかを規定した「大学英語課程教学要求」がある。これは、日本の学習指導要領の大学版のようなもので、大学生がそこで規定されている学習内容を習得したかどうかをこの試験で問う。試験する技能はリーディング、リスニング、ライティング、スピーキングの4技能すべてである。試験には、Band 4(4級)用とBand 6(6級)用があり、4級は大学生が卒業時に到達する英語のレベルと想定し、6級は4級よりさらに上のレベルである。ほとんどの大学ではBand 4の取得を卒業条件にしている。また、大学の中には、4級を取得しないと卒業は許すが学位は出さない大学もある。

この試験結果は統計処理され、大学別、省別、学年別などのデータが公表される。この試験を中心になって作成した上海交通大学のYang Huizhong教授にデータを見せてもらったが、中国のトップ6といわれる大学の学生の4級合格率は見事にずば抜けてよかった。各大学のCETの4級合格率や6級合格率が公表されることにより、大学は英語教育に力を入れざるを得ないことになる。さらに、学生も4級を取得しないと大学を卒業できないとなれば、大学在学中に英語の学習に力を入れざるを得ない。日本の大学教育においても、英語教育の質を向上させるため、このような統一テストの導入を考える必要があるのではないだろうか。

中国と日本の学習指導要領はどこが違う?

今回訪れた学校は、北京東四九条小学校、上海交通大学附属子弟小学校、北京第66中学校(高校も含まれる)、北京師範大学第2附属高校であるが、どの学校の授業でも生徒の授業参加が非常に活発であった。また、教師は流暢な英語を使い、授業はほぼ100%英語で行われていた。私たちが学校を訪れたのは9月の下旬で、まだ新学期(中国はアメリカなどと同じで9月が新学期である)が始まったばかりだというのに、教師と生徒の関係が非常に密で、授業の雰囲気は和やかで友好的であった。このような授業を実施する基盤となる中国の英語課程基準の内容はどのようになっているのか次に考えてみる。

英語課程基準の理念とは?
現行の英語課程基準2001年度版(既に改訂版を準備中)は、従来重視し過ぎてきた文法と語彙知識の解説及び伝授から生徒の言語運用能力を高めることを重視しようとする改革の試みであった。

応用言語学のさまざまな新しい考えに基づいて作成された課程基準の基本理念には次の6項目がある(以下、課程基準の内容は、緑川、笹島監修の課程基準訳を参考にした)。1)すべての生徒の素質を伸ばす教育を行う。2)初等中等教育の一貫した目標を定め、柔軟かつ適切に遂行する。3)学習者中心の授業をする。4)タスク中心の指導を行う。5)学習プロセスを重視した多様な評価をし、評価の主体も生徒自身を含め多様にする。6)音声、テレビ、ネット、雑誌などを含めた豊富な教材を使用する。

この6つの理念のもとに設定された目標とはどのようなものなのか次に考える。

英語課程基準の目標
英語課程基準の目標は、生徒の総合的な言語運用能力を育成することにある。その言語運用能力とは、1)言語技能、2)言語知識、3)意欲・態度、4)学習ストラテジー、5)異文化理解能力の5つの要素から構成されている。この5つが統合的に機能することにより、総合的な言語運用能力の育成が促進されると課程基準は明記している。日本の学習指導要領では、意欲・態度、それに関係する学習ストラテジー、さらに、異文化理解能力に関する具体的な目標設定はされていない。

総合目標は1級から9級まで設定されており、さらに、上述の5つの要素別にそれぞれの級の到達目標が設定されている。総合目標レベルの1級は小学校3・4年の到達目標であり、2級は小学校5・6年の到達目標である。その後、中学卒業時で5級を、高校卒業時では8級を目指している。しかし、現実には、普通高校では、6・7級を到達レベルとし、進学校では、8・9級を到達レベルとしている。

言語技能の到達目標に関しては、ほとんどが「〜できる」という表現で明確に記述されている。ちなみに中学卒業時の到達レベルである5級レベルの目標を1つずつ紹介する。

リスニング—自然な速度の物語や記述文を聞き取ることができ、物語の因果関係を理解できる。

スピーキング—平易な話題において情報を提供でき、自分の意見を簡潔に述べ、ディスカッションに参加できる。

リーディング—目的に応じて、基本的なリーディング・ストラテジーを使用し、情報を得ることができる。

ライティング—独力で短い文や手紙を書くことができ、教師の指導で修正ができる。

このような到達目標をみると、英語教育の質の高さがわかってもらえると思う。次に、中国の英語教育の量的な面にふれてみる。

学習量の違いがものを言う!

中国では、英語教育が一般的には小学校3年から始まり、高校3年までの10年間、小中高一貫教育が行われている。小学校3・4年生では、20分授業が週4回、5・6年生では、20分授業が週2回、40分授業が週2回ある。中学、高校の6年間では、45分授業が週4回ある。しかしながら、これはあくまでも国が定めたカリキュラムであり、実際には、3つのカリキュラムが中国に存在する。1990年代から地方の教育行政機関や学校にカリキュラムを独自編成する権利が与えられた結果、地方が独自編成したローカル・カリキュラムもある。さらに、学校が独自編成したスクール・カリキュラムも存在する(王、2004)。

従って、英語教育が盛んな北京や上海の小学校では、2001年より、国が定めた授業時間数より多い授業時間数を実施し、また、国が定めた到達目標以上の目標を設置してきた。例えば、北京東四九条小学校では、小学1年生から英語を学び、小学校卒業時点で1600語の習得(理解できる単語ではなく、話したり、書いたりすることもできる単語)を目指している。1600語といえば、中国の中学校の卒業時に身につけていなければいけない単語数に匹敵する。

学校によってもカリキュラムは違う。中国では政府や地方行政機関から指定された重点中学や重点高校、また、モデル校などの優秀校があり、これらの学校では、英語教育に重点を置いている。例えば、北京師範大学第2附属高校はモデル校であるが、高校1・2年では、45分の英語の授業が週5回、高校3年では週6回ある。

このように、英語の授業時間数が日本とは比べものにならないぐらい多いのが中国の中学と高校の実状であり、今回は触れなかったが、その授業時間の多さに比例して、中高の英語の教科書も前期100頁以上、後期100頁以上あり、中身も濃いものになっている。

終わりに

中国の英語教育は地域差があり、今回視察した学校が優秀な学校であることは、よく理解している。しかし、日本人で、留学を経験せず、非常に優秀といわれる学校機関のみで英語を学習し、中国の生徒のようにネイティブ・スピーカーのような発音で流暢な英語を話す生徒に私は会ったことがない。今回視察した学校をみるかぎり、中国の英語教育は、日本の英語教育と比べて、そのシステム、理念、目標設定の高さと内容、授業時間数のどれにおいても明らかに優れていたし、進んでいた。日本は、学習者が言語運用能力を身につけられるように、どうしてもっと早く英語教育を改革しなかったのか悔やまれるが、今からでも決して遅くない。学習指導要領や授業時間数の抜本的改革を早く推し進めて頂きたい(この中国視察は、平成15・16年度日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(A)(1)課題番号1602010(研究代表者小池生夫)の交付を受けて実施されたものである)。


◆参考文献

王智新(2004)『現代中国の教育』明石書店.
緑川日出子、笹島茂(2003)「中国の英語課程標準
(監訳)」『平成14年度科学研究費補助金基盤研究(B)
研究成果報告書 現職英語教員の教育研修の実態
と将来像に関する総合的研究』英語教員研修研究会. 150-203


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