ハリケーンの名はなぜ人名なのか
2005年10月31日
2005年10月31日
![]() 「英語教育」2005年11月号(大修館) → 目次はこちら → 定期購読はこちら From "The English Teachers' Magazine" November 2005 Vol. 54 No. 9 (Taishukan) 望月ひろみ Mochizuki Hiromi "Dennis ran at full speed and delivered a hard punch."、"Emily took a jog to the right and gained strength.". これらのコメントは人間のデニスやエミリーの行動についてではなく、アメリカでのハリケーンに対するニュースキャスターのコメントだ。ハリケーンという災害に人名がついている。 アメリカでは6月から11月にかけてがハリケーンシーズンとなる。フロリダ州、アラバマ州、ジョージア州がハリケーンの通り道となっていることが多い。それ故か University of Miami のフットボールチーム名は "Miami Hurricanes" だ。Hurricane の名前の由来は、スペイン語経由であるが、西インド諸島で話されていた言語のひとつであった Taino 語で "God of Storm" を意味する huraka´n からだといわれている。 女性名になった経緯何故ハリケーンに人名がついたのだろうか。19世紀~20世紀初頭には聖人の祝日に上陸したハリケーンなら、Hurricane Santa Ana や Hurricane San Felipe という聖人の名前が、また the Galveston Hurricane というように上陸した場所にちなんだ名前がつけられるようになった。当時はよほどの大型か甚大な被害を及ぼしたハリケーンにのみ名前がつけられていたようだ。ただ複数のハリケーンが発生すると、どれが先に発生したのかが不明瞭になる。また一般大衆にハリケーンの警告を出す際、どのハリケーンが危険であるのか混乱をきたすことにもなる。そうするうち親しみのある人名をつけたほうが覚えやすくて使いやすいという認識が高まってきた。そんな中で George R. Stewart が "Storm"(1941年)という小説を発表した。小説内で著者はストームに女性名 "Maria" とつけた。その小説は大衆に愛読され、戦場に駆り出された兵士のあいだでも読まれるようになった。特に空軍や海軍の気象学者はその本に刺激を受け、太平洋で発生した熱帯暴風雨に母国においてきた愛妻あるいはガールフレンドの名をつけるようになった。戦後は大西洋で発生した熱帯暴風雨にも女性名をつけるようになった。西洋では船にも愛妻の名前など女性名をつけることが多く、違和感がなかったと思われる。 男女同権となったハリケーンこの間、緯度、経度のコンビネーションによってハリケーンを識別していた「迷走期間」もあった。また1951年からの2年間は Able, Baker, Charlie などの radio phonetic alphabet(無線用アルファベット)順で呼んでいたが、Alfa, Bravo のように新しい phonetic alphabet が導入されると命名に紛らわしさが生じた。戦時中女性名をつけることで順調に行っていたことに鑑み、ついに1953年に女性の名前をつけることが正式に決定された。しかし男女同権運動が盛んになるにつれ、女性だけの名前が甚大な被害を及ぼすハリケーンにつけられるのは許せないという声が高まり、1979年には男性名も採用されることになった。ハイチ、ジャマイカなどのカリブ海諸島の国々や、フロリダ州、アラバマ州などに上陸するハリケーンは北大西洋で発生したものだが、ここで発生するハリケーンの名は予め National Hurricane Center で決められ、The World Meteorological Organization が管理をしている。名前のストックは6年分なので、2005年に使用されたリストは2011年に再び使われることになる。年間リストにある名前の数は21で、ABC 順で男女交互に、名前がつけられていく。つまり命名順も男女同権精神にのっとり、例えば今年使用されるリストのAが Arlene というように女性名から始まっていれば、翌年使用されるリストではAは Alberto という男性名で始まる。ただし、Q、U、X、Y、Z で始まる名前は少数過ぎるということで、選択されていない。これらの名前は英語だけでなく、ハリケーンの発生する地域の国々で主に話されている言語ということで、フランス語、スペイン語からも選ばれている。 Retired Names野球界では多大な功績を残した選手の栄誉と功績を末永く称えるために、その背番号を二度と使用しないように欠番にする。ハリケーンの名称でも同様に少なくとも向こう10年は使用しない名前がある。それは、甚大な被害、損害をもたらし、一般大衆が当分は忘れることのできないものの名前だ。近年では Andrew、Diana、Bob、Hugo などの名前があるが、それらの名前はAで始まる別の男性名、Dで始まる別の女性名というように置き換えられる。今年8月末に、超大型ハリケーン Katrina がルイジアナ州、ミシシッピ州などを襲い、日本の本州とほぼ同面積の地域が被災地となった。この名も Retired Name となるだろう。擬人化とユーモアテレビやラジオのレポーターは Hurricane Dennis というようにハリケーンを呼び、その後のコメントでは the Hurricane や Dennis、the Storm、というような呼び方をし、代名詞には It を使う。しかし、一般市民はハリケーンが Dennis であれば、それをあたかも人間として扱うかのように、He を使用する傾向がある。やはり直接被害を受けるからであろう。大型ハリケーン上陸となると、地域住民は一斉に避難するが、商店主は店のウインドーが破損されないようベニヤ板をうちつけたりとにかく被害が最小となるよう一生懸命だ。テレビではその様子が放映されるが、ベニヤ板にペンキで何やら書いている住民が映し出されることがある。何を書いているのだろうとよく観ると、"Go Away, Emily", "Bull's Eye", "Welcome to Paradise" など多彩だ。Bull's Eye(命中)と書かれた後にはダーツの絵もごていねいに描かれている。また Welcome to Paradise の後には、ヤシの木のイラストが、緑色のペンキで描かれているのである。"Save our Barber" は、理髪店に打ち付けられたベニヤ板に書かれていたものであるが、新聞記事の説明によると、ここの床屋の常連客が、ハリケーンに向けて「後生だからこの店を直撃しないでくれ」という「願い」をこめて書かれたそうだ。 こういった非常事態の中でもユーモアを忘れないのがアメリカ人であろうか。あるいはハリケーンに人名がついていることで、妙に親近感を抱いているのかも知れない。 7月に襲来したハリケーン Dennis が去った後、フロリダ州の無残な街の様子が放映されたことがある。高級住宅はもはや原形をとどめず、板切れが散乱している状態。かろうじて被害の少なかった個人宅のプールにはどこからか飛んできた車が浮いている。ヤシの木は根こそぎやられ、道路に横たわっている。ハリケーンの威力をまざまざと見せ付けられる中、瓦礫の上に1枚のベニヤ板が置いてあるのがテレビで写った。"Damn You, Dennis"。もし現在でもハリケーンに St. Francis のような聖人の名前が使われていたら畏敬が先にたち、住人はこんな落書きは残さなかっただろう。ましてハリケーンが未だに緯度と経度のコンビネーションの名前であったら、あるいは日本のように台風15号のような呼称であったら、このような落書きにはお目にかかれなかったかもしれない。 ハリケーンの残すつめ跡は見るも無残であり、Katrina の引き起こした被害を考えると悠長なことは言えないが、人名がついているが故にハリケーンを擬人化しているアメリカ人が、この災害にどう語りかけるのかは知りたい気がする。 |
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