永遠のエスニック・ジョーク
2005年7月31日
2005年7月31日
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上智大学教授 小林章夫 Kobayashi Akio 危険なジョーク?![]() 「英語教育」2005年8月号(大修館) → 目次はこちら → 定期購読はこちら From "The English Teachers' Magazine" August 2005 Vol. 54 No.5 (Taishukan) しかし国民性に限らず、さまざまな人間をいくつかのタイプに分けたがるのは、どこの国でも多かれ少なかれ見られるものではないか。古くは憂鬱質、粘液質など、気質によって人間の性格を分けることがおこなわれていたし、現代では血液型、星座などによって人間の性格をタイプ化するのはどこでも盛んである。最近は動物に当てはめて、あなたはオオカミだと言ったり、あるいはさらに犬の種類で言えば、サモエドに当たるなどというケースもあるらしい。古今東西、ステレオタイプ化することは人間の習性なのだろうか。だとすれば、ステレオタイプ化された国民性をネタにするエスニック・ジョークも、決してなくなることはないのかもしれない。 さらに言えば、人間誰しも他人を笑いものにするのは大好きなはずで、これがなければそもそもジョークは成り立たない。あるいはまた、ジョークのネタにされたからといって、目を吊り上げて怒ることなどせず、むしろ余裕をもってこれを受け止めるのが大人の態度だとすれば、エスニック・ジョークとて廃(すた)ることはないのではないか。言われたら言い返せ、ただしにっこり笑ってジョークで切り返せばいいのである。 とはいうものの、この種のジョーク、一触即発、危険な要素を含んでいるものもあり、また時と場合とをわきまえて口にする気配りも必要なことは言うまでもない。反日感情が高まっている上海で、中国人の神経を逆なでするようなジョークを飛ばせば、そのあとに待ち受けているものが何かは、誰でも想像がつくはずである。 一見無害、しかし辛辣しかし一見無害に見えるジョークでも、よく考えると辛辣なものが含まれているケースはある。'What's the Cuban national anthem?' 'Row, Row, Row Your Boat.' キューバからの難民がボートでアメリカを目指すことが多い点を考えれば、これはなかなかきついジョークである。あるいは次のような例(今度は日本語訳で示す)。 イギリス人がオーストラリアへの移民を申請した。すると係官は「犯罪歴はありますか?」と尋ねた。イギリス人はこれに次のように返事をした。「いいえ。必要ですか?」 初期のオーストラリア人移民の中に、イギリスで犯罪を犯した人間が多かったことはよく知られているだろうか。 ただし、アイルランド人を笑いものにするジョークの中でも、次のようなものとなれば笑って済ませることができる。 'What's the difference between an Irish wedding and an Irish funeral?' 'One less drunk.' しかし少ないのはどちらなのか? 結婚式? それとも葬式? 国民性による店員の違いジョークというには長いものだが、イタリア人、イギリス人、フランス人の国民性を実にうまく描いたものとして、アメリカのコラムニスト、アート・バックウォルドの「ヨーロッパ買い物事情」とでも訳すべき作品がある。アメリカ人夫婦がまずイタリアでワイシャツを買おうと店に入る。すると店員は、まるで長年会っていなかった親戚が訪ねてきたかのような歓迎ぶり。アメリカにいる孫の写真を見せたり、ローマの見所やおいしいレストランを紹介したり。ワイシャツのいいのがあるかと聞けば、うちのは最高級品だと太鼓判を押す。まるで詐欺師のような調子のよさに負けて、1ダースも買う羽目になる。しかも帰り際には奥様に花束のプレゼントまであって、店主も客も互いに気持ちよく別れることになる。 続いて来たのがロンドンの店。入るなり圧倒されるような応対。案内係と商品を売る人間とが別の上に、店員の身なりは客のほうが気後れするような立派さ。ワイシャツが欲しいと言うと、どんなタイプがご所望かと尋ねられる。そこでボタンダウンと答えると、まるでおまえの給料はいくらかと聞かれたような困った顔をする。「ボタンダウンが何か?」「ボタンダウンは紳士が着るものではありません」「ではどんなものを?」「さよう、正しいシャツはこのようなものです。ノーフォーク公爵様はこのタイプをお召しです」。というわけで、ここでも高価なシャツを1ダース買うことになる。 最後はフランス。店に入っても、店員は見向きもしない。そこでワイシャツが欲しいと言うと、ようやくいやそうな顔で応対にやってくる。サイズや色を尋ねられるものの、ちょうどいいのがない。色はこれしかないとつっけんどんに言われるし、挙句の果てに、そういろいろなものを取り揃えられるわけがないと手厳しい返事。ようやくのことで品物を手に入れ、お金を出すと、もっと細かいのがないのかと怒られる。これしかないと言うと、店員たちが集まって協議。大きな台帳に何かを書き込んで、ようやくつり銭を投げるようによこす。帰り際には「やってられないね、アメリカ人は」という言葉が、フランス語で聞こえてくる。 というわけで、確かに誇張はあるものの、3つの国の国民性をよく示して実に愉快な読み物となっている。そう、ジョークにはこうした誇張も大いに必要なのだ。そしてこの話、イタリア人の調子のよさ、イギリス人の(あるいはイングランド人の)慇懃無礼、そしてフランス人の愛想の悪さ(特に店員の態度は中国人のつっけんどんに匹敵するものがある)を見事に描写しているのだが、中でもフランス人のアメリカ人嫌いを活写して生彩溢れるものとなっている。「フランスは好きだが、ただしフランス人がいなければ」という言葉を聞いたことがあるが、アメリカ人にはこの気持ちがよくわかるのかもしれない。 スコットランド人のけちとお国自慢さてしかし、エスニック・ジョークとなれば、やはり毒を大いに含んでこそ生彩溢れるものとなるのは当然の話だろう。ここは「天使も踏むのを怖れる場所」に、あえて踏み込まなければ仕方がない。たとえばスコットランド人のけちを笑うジョーク。「スコットランド人が恋人とタクシーに乗ったが、彼女があまりに美人なので、メーターをずっと見ることができなかった」。「なぜスコットランド人は冷蔵庫を買わないのか? 扉を閉めても電気は消えないと信じているからだ」など、彼らのけちぶりを示すネタには事欠かない。しかしそのけちを馬鹿にされることの多いスコットランド人も、自国を愛し、誇りに思う点では人後に落ちることはない。そこでこんなジョークも生まれることになる。 スコットランド人の運転手が観光客を乗せて、スコットランド各地を案内していた。ツアーの一行が田舎を旅していると、運転手は名所旧跡を教えてくれる。ある場所を通りかかると、運転手がこう言った。「あそこに見えるのは、スコットランド人がイングランド人をこてんこてんにやっつけた場所です」。もう少し行くと、道路沿いの場所を指さしてこう言った。「ここはスコットランド人がイングランド人を虐殺した場所です」。さらにもう少し行くと、運転手は乗客に向かって、ここが有名な古戦場で、スコットランド人がイングランド人を打ち負かした場所だと誇らしげに言った。 するとバスに乗っていた乗客の一人が、イングランド人らしいアクセントで、こう尋ねた。「おい君、このあたりではイングランド人は負けてばかりいたのかね?」 運転手は答えた。「私が運転しているときは、そうなんです」。 だがこのジョークも、ひょっとするとスコットランド人のお国自慢を皮肉ったものなのかもしれない。 スコットランド人と並んで、エスニック・ジョークの的となる回数が多いのはユダヤ人だが、こちらにも相当にきつい毒が含まれている。いくつか例を挙げよう。「ユダヤ人女性が鶏を2羽飼っていた。1羽が病気になったので、もう1羽でチキン・スープをつくった」。「指が1本しかないユダヤ人の泥棒の話を知っている? ベーグル盗みの達人だったんだって」。さらに次のものなどは、ユダヤ人の個性をうまく表現していると言えるだろうか。 Did you hear about Jewish porno movie? It consists of 40 minutes of begging, three minutes of sex, and 17 minutes of guilt. 逆にエスニック・ジョークの対象となることが少ない国民はドイツ人で、これはマーク・トウェインが言うように、「ドイツ人のジョークは笑えない」からだろうか。そういえばこの世の中でありえない組み合わせとして、「ドイツ人のコメディアン」がよく挙げられることを思い出す。 オーストラリア人とセックスさて、これに対して、近頃急速にジョークのネタとなっているのがオーストラリア人。これは経済発展とともに、彼らの存在がクローズ・アップされているからか。たとえばこんなジョークがある。「オーストラリア人の定義は?」 「先祖が父親まで辿れる人間」 それとなぜだかオーストラリア人のネタとしては、セックスがらみのジョークが増えているようだ。そこで最後にセックスがらみのエスニック・ジョークとして、この道では高い評価を誇る(?)フランス人、イタリア人、そしてこのオーストラリア人が出てくるジョークを、ご紹介しておこう。 A Frenchman and an Italian were seated next to an Australian on an overseas flight. After a few cocktails, the men began discussing their home lives. "Last night I made love to my wife four times," the Frenchman bragged, "and this morning she made me delicious crepes and she told me how much she adored me." "Ah, last night I made love to my wife six times," the Italian responded, "and this morning she made me a wonderful omelet and told me she could never love another man." When the Australian remained silent, the Frenchman smugly asked, "And how many times did you make love to your wife last night?" "Once," he replied. "Only once?" the Italian arrogantly snorted. "And what did she say to you this morning?" "Don't stop." |
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