シャドーイングは万能薬なのか
2005年2月28日
2005年2月28日
![]() 「英語教育」2005年3月号(大修館) → 目次はこちら → 定期購読はこちら From "The English Teachers' Magazine" March 2005 Vol. 53 No.13 (Taishukan) 玉井 健 Tamai Ken 教室では今、様々なリスニング指導法についての模索が行われ、その中でシャドーイングについての関心が高まっています。果たしてシャドーイングはガマの油のように何にでも効く万能薬なのでしょうか。それともその効果はどこか限定的なのでしょうか。リスニング力向上にいくつもの方法があるならば、医者が患者の症状を見て適切な薬や療法を選択するように、教師も生徒の症状にあわせて指導法を処方する必要はないでしょうか。 本稿ではシャドーイングという薬の効能の範囲、その処方について、リスニングのメカニズムを概観しながら考えてみたいと思います。 リスニングとシャドーイングの接点シャドーイングは「聞こえてくるスピーチと同じ発話をほぼ同時に口頭で再生する行為」と定義できます。一方でリスニングの目的を、「聞こえてくる音声をとらえて意味理解をし、必要な情報をとること」とする時、シャドーイングはどこに貢献できるのでしょう。リスニング力は大きく言うと、語彙・文法・音韻・一般的知識などの知識面の能力と、音声をとらえてしばらく保存しながら料理する認知・処理能力の2つに分けて考えられます。コンピュータに譬えれば、前者は変換のためのデータを持ったワープロソフト、後者は分析処理を行う CPU(計算装置)ということになります。ワープロソフトがよくできていれば意味理解もスムースでしょうが、我々 ESL 学習者の持つ音韻・語彙・文法知識はデータも少なく、相互の連携も悪く、なかなか望み通りの処理はしてくれません。それどころか、とんちんかんな変換をして我々を困らせるのです。前首相が、クリントン大統領の "I'm Hilary's husband." という紹介に対して、 "Me, too." と発言したことがありましたが、変換ソフトの具合が悪かったのでしょう。CPU の方も音声を一時的に保存できる量1)や処理の速度は母語に比べてかなり遅いようです。 つまりリスニング力の向上は、知識を増やして自分のワープロソフトを強力にしていくことと、自身の CPU の性能をアップすることの2つの方法があることになります。これまでは前者の方に指導者の関心があったように思われますが、シャドーイング訓練は、後者の方に積極的に光をあてる指導法だと考えられます。 リスニングで理解に至るまでの過程では、リスニングの過程を説明しながらシャドーイングの効果について考えてみましょう。次頁の図は人がスピーチを理解する時、どのように脳がそれを処理して、理解にたどり着くかの過程を Baddeley(1986)のワーキングメモリ・モデルを基に表わしたものです(二谷、1994を改変)。聞こえた音声は、まず言葉としての特徴をチェックされ、意味があると判断された情報には注意が向けられます。空港でも、自分の目的地がアナウンスされたら耳をそばだてますね。どうでもよい音はすぐに消えてしまいます。注意というのもリスニングの大切な要素なのです。その次はワーキングメモリと呼ばれるところで聞こえた音の保持と分析がなされます。真ん中の卵はパソコンの CPU 部分で、音声が料理されるまな板のようなものだと思ってください。横に広げた羽の左側は視覚空間的スケッチ帳と言って視覚イメージを一時的に保存するところです。右側部分は音韻ループと言って、聞こえた音の一時預かりのようなところです。ループの上では、聞いた音を心の中で繰り返して維持します。・Qualitative research. . ." と聞くと、「クォリテイティブ…何だったっけ」と心の中で意味を考えつつ繰り返しますね。心の中で、聞いた音をもう一度音声化することを内語化(subvocalization)といいますが、これって何となくシャドーイングに似てると思いませんか。そうです、シャドーイングは、この音韻ループで行われるサブ・ボーカライゼーションを意識的に声に出して行う訓練と考えられるのです。シャドーイング訓練を集中的に行うと音の復唱技術が著しく向上しますが、これは、ループ内に取り込める音の量(イントネーションやアクセントなどのプロソディ情報を含めて)が増え、正確に保持されることによってリスニングが容易になることを意味すると考えられます。 図右下は長期記憶で音を処理するためのソフトの部分ですね。語彙・文法・音韻などの言語知識や膨大な一般知識がある場所(データベース)です。音声が音韻ループ上にある間に真ん中の卵(CPU)が長期記憶の言語知識を総動員して理解を行うのですが、このデータベースの知識が十分でないと、ソフトはヘンテコな理解をしてしまいます。文法や読解の授業はこの言語知識部分に働きかけを行っていることになります。 ![]() さて、シャドーイングの効果は図中に示した(1)(2)(3)の3か所に及ぶと考えられます。(1)は注意力。普通のリスニングでは、すべての語を聞き取るというような聞き方はしません。聞き取った内容語をつなぎ合わせて意味を推測します。一方シャドーイングでは前置詞や冠詞に至るまですべてを再生しようとします。非日常的な聞き方ですが、その過程で英語音への注意力が向上することが期待できます。(2)がシャドーイングの効果がもっともはっきりと現れるところです。正確で速い復唱技術の修得は、音韻ループ上の音声情報を増やし、意味理解の精度を向上させます。集中的にやれば1週間程度で効果が現れます。(3)はプロソディック(イントネーションやアクセントなど)な音韻データベースの構築です。このデータベースは教科書から学ぶことはできません。自ら調音しながら運動的に学ぶことによって初めてできると考えられます。日本語と英語では、リズムやイントネーションのパターンが著しく違います。モーラ言語と言われる日本語のリズムしか持たない我々は、何らかの方法で新しい音のテンプレートを獲得せねばなりません。単なる音読でなく、モデル音声を聞きながら、同時にできるだけ正確に再生するシャドーイングは、この点において理想的な訓練法と言えるでしょう。 こうやってみると、ひとくちにリスニング指導と言っても、注意力・リスニング技術・言語知識(語彙・文法・語用・音韻)等、いろいろなところへの働きかけが可能だとわかります。今までの日本の英語教育は、長期記憶の言語知識分野への働きかけに偏っていたのかもしれません。中でも音韻データベース構築という点については、ほとんど有効な働きかけを行ってきませんでしたし、運動的な訓練で認知技術を高めるといったことは指導の視野にさえ入ってはいませんでした。リスニングについての理解が深まる中で、新しい発想に基づいたリスニング指導法が導入されねばならない時にきていると言えるでしょう。実はこういった訓練は通訳養成の世界では早くから行われていました。私がシャドーイングを英語教育に応用しようと思ったのも、通訳訓練を通じて効果を実感したからでした。 今までの説明をまとめますと、シャドーイングには、文法や語彙などの言語知識を短期間に増やす効果は期待できません。そういう意味ではこれさえあればの万能薬ではないのです。しかし、聞いた音声の復唱技術、より速く音にする技術、あるいはそれらを可能にすると思われるプロソディ認識技術の向上2)と英語音声データベースの構築によって、リスニングを助けると考えられます。 シャドーイングの実践では次に実践法について話を進めましょう。シャドーイング教材は中学校では教科書付随の音声教材が最初の選択になるでしょうが、生の会話や、映画・スピーチ・インタビューもオススメです。どんな教材も生の力にはかないません。スピードは110語/分程度から始めるのがよいでしょう。私は高校生と大学生を教えましたが、慣れるにつれてスピードをあげ、1年経つ頃には180〜220語のものをシャドーイングしています。【口が動かない】 初めての生徒は声が出ないものです。私が高校1年生にシャドーイングを初めて指導した時、女子生徒が3人、目を真っ赤にしていました。聞くと話すを同時になんてやったことがなかったので、口が動かずとても悔しい思いをしたのでした。以来、最初は声の有無にこだわらないことにしました。ということで、小さな声でブツブツと呟くように行うシャドーイングをマンブリング、口元は多少動かしても、声に出さずに行うものをサイレント・シャドーイングと言って使いわけています。生徒の反応に併せて、それでもいいよと始めはやさしくスタートしましょう。 【シンクロ・リーディング】 パラレル・リーディング・聞き読みとも言いますが、音声を聞きながらテキスト(原稿)を読みます。発音の良し悪しよりも、とにかく遅れずについていく、そして全部口に出して音読できることを目指します。話し手のスピーチのプロソディックな特徴も再現できたら言うことはありません。特に速い教材でシャドーイングがむずかしいな、声が出ないなと思ったら、まずシンクロ・リーディングを繰り返すことをすすめます。シンクロ・リーディングを何度も行っているうちに、音読のできない生徒がクラスから消えてゆきます。目指すところはもっと高いのですから。 【意味か音か】 よく聞かれる質問に、「シャドーイングで意味はどうするのだ」というのがあります。結論から言うと、まず、音の把握を最優先にします。シャドーイングの目的は意味把握ではなく、正確な復唱技術を身につけることと考えるならば、意味に時間を使うことは無駄ですから、最初から与えます。読み方や意味のわからない単語は質問されれば無条件に与えるのです。意味把握が目的のリスニング訓練ならば、シャドーイングでなくてもよいわけですから。ちなみに正確な音の再生を意識したシャドーイングをプロソディ・シャドーイング、意味を追いながら行うシャドーイングをコンテンツ・シャドーイングと言います。前者を中心に授業を組み立てて、だいたいの生徒が慣れた段階で後者を仕上げに用います。 我々は教師であり、EFL 学習者でもあります。シャドーイングを経験することによって自分自身の弱点がわかり、同時に生徒たちがどこで苦しんでいるかもわかるでしょう。速いスピーチがわかったり、イントネーションが表現できるようになった時の感動をぜひ味わってください。生徒たちに指導する前に、まず自分で試してみる。その上での処方箋はきっと効果が高いと思いますよ。
◆引用文献 Baddeley, A. D. (1986) Working Memory, Oxford. / 二谷廣二(1994)「作業記憶と長期記憶との連携プレーによる第二言語処理・学習・習得過程について」JELES 発表レジュメ. / 門田修平・玉井健(2004)『決定版英語シャドーイング』コスモピア. / 玉井健(2005刊行予定)『リスニング指導法としてのシャドーイングの効果に関する研究』風間書房. |
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