英語の語彙と表現を支えるメタファー
─ 言語人類学の視点から ─
2004年1月01日
2004年1月01日
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同志社大学助教授 松木啓子 Matsuki Keiko
言語と文化20世紀のアメリカ言語人類学の発展に大きく貢献した研究者の一人に、ベンジャミン・リー・ウォーフ(Benjamin Lee Whorf)という人がいる。ウォーフの名前は、言語と文化に関する有名な議論 ―言語相対論(linguistic relativity) ―とほとんど同一視されてきた。この「言語相対論」によれば、ある言語の語彙や文法はその言語を使う人々の世界の捉え方 ―世界観(world view)― に大きく影響する。こうした言語と世界観の切っても切り離せない関わりについては、もうひとりの言語人類学者エドワード・サピア(Edward Sapir)もいろいろ述べている。そして、2人一緒に正式発表したわけでもないのに、彼らの言語観は「サピア・ウォーフの仮説」(Sapir-Whorf hypothesis)と総称され、半世紀以上の間も一人歩きしてきたところがある。しかし、こうした「仮説」をはじめ、言語と文化の問題をめぐって今日でも相変わらず様々な議論が交わされ続けているのは、そのダイナミックで複雑な関係性こそが研究者を魅了し続けるからであろう。ウォーフの有名な論文「習慣的な思考および行動と言語との関係」(1956[1941])は興味深い逸話で始まっている。学究活動に従事する一方で火災保険会社の技師でもあったウォーフは、人々が"empty gasoline drums"と記されているガソリンの空缶の近くで煙草を吸ってしまい、それが引火と火事を引き起こしているケースに注目した。ガソリンは揮発性の石油製品であり、したがって、ガソリン缶に記してあった"empty"は起爆性のある気体を含んでいることによる危険性の注意信号となっていたはずである。しかし、ウォーフによれば、人々は"empty"という語彙に「無で空虚な、否定的の、不活発」という「空=何もない」の意味を習慣的に付与してしまい、それによって「危険がない」という判断を下してしまうことがこのような事態に繋がっているという。読者はこの話を聞いて、どう考えるだろうか? ウォーフの説明には多少強引なところがあり、言語と思考、そして、行動との関わりはそれほど単純なものでないことは今日の常識となってはいるが、一方で、特定の語彙の使い方、すなわち、表現による特定のラベルづけ(分類)が我々の習慣的思考と習慣的行動を無意識のうちに方向づけるという視点の意義は大きい。以下では、こうした分類の問題をメタファー(隠喩)を通して見てみたい。そして、英語の語彙や表現を支えている秩序の問題を再考してみたい。 メタファー20余年前、ジョージ・レイコフ(George Lakoff)とマーク・ジョンソン(Mark Johnson)は、隠喩、すなわちメタファー(metaphor)の重要性について画期的な研究を発表した(Lakoff and Johnson 1980)。その著書 Metaphors We Live By(邦題『レトリックと人生』)のタイトルが示すように、メタファーは文学作品の中だけのものではなく、我々の日常生活にとって基本的なものであるという。ところでメタファーとは何であろうか。直喩(simile)と比較するとわかりやすい。(1) She is like a rose. (2) She is a rose. (1)は"like"(~のようだ)を使って直接的に喩える「直喩」であるのに対して、(2)の「隠喩」、つまり、メタファーには"like"はなく、"she"の特性と"rose"の具体的な特性(例えば、美しさとか気高さなどの特性)の間にある対応関係が暗黙のうちに成立していることになる。アメリカ英語における様々な日常的表現を紹介しながら、レイコフとジョンソンは、こうしたメタファーが我々の毎日の生活に深く浸透していることを考えさせてくれたのだった。つまり、人々が無意識のうちに前提としている物事の捉え方がメタファーに多くを依っているものであることに気づかせてくれたのである。言い換えれば、このようなメタファーによる捉え方を見ることによって、英語の語彙や表現を支えている考え方、英語を母語とする人達が無意識のうちに当然として受け入れている世界の捉え方を垣間見ることができるのである。英語には「英語にしかない」語彙や表現が存在するのは当然であろう。しかし、それを支えているメタファーのレベルを見ることによって、「何か」が新たに見えてくる。 コミュニケーションを支えるメタファー筆者がかつてアメリカに留学していた頃の体験を紹介したい。あるパーティーでの会話中に起ったことである。気心の知れた友達同士がワインなど飲みながら、恋愛の問題などを話し合っていたように思う。 その時である。 誰かが、"Sometimes it is important to shorten the leash"(「時々、手綱を短くするのも大切よ」)と言った。この"shorten the leash"は筆者にとっては初めての表現だったのだが、「手綱を短くする」というのは「手綱をしめる」という意味のことだとほとんど自動的に翻訳できたのだった。「手綱」というのは、通常、犬や猫につなぐ綱のことであるが、短くすることによってよりコントロールが可能となる。ただし、日本語では「短くする」と言わずに、「しめる」が普通だ。それにもかかわらず、意味が推論できて解釈できたのである。もちろん、これは会話の流れの中に身を置けばしばしば起り得ることである。しかし、ここで興味深いのは、こうした解釈を即座に可能にしたメカニズムであり、そのメカニズムにおけるメタファーの役割である。つまり、ここで作用していたのは、恋愛関係のメタファーによる捉え方である。英語の「手綱を短くする」vs 日本語の「手綱をしめる」という具合に表面上の表現形式が異なっても、「手綱」によって繋がっている人間関係 ―ここでは、恋愛関係― に関するメタファーが筆者と他の会話参加者との間で共有されていたからこそ解釈がスムーズに行われたのである。それでは、一体どんなメタファーが作用していたのであろうか?レイコフとジョンソンのMetaphors We Live Byには様々な事例が紹介されているが、「恋愛」についてのメタファーは興味深く、筆者のパーティーでの体験と大いに関係がありそうに思える。先にも述べたが、レイコフとジョンソンは日常的な表現に基づいてメタファーを探る。例えば、「恋愛」に関する日常的表現、常套表現を見ることによって、ある「恋愛観」がそれらを支えており、さらに、そうした恋愛観がメタファーに依っているとするのである。邦訳『レトリックと人生』から和訳文と共に具体例をいくつか見てみよう。(以下(1)~(14)すべて『レトリックと人生』pp. 79-80) (1) I am crazy about her.(私は彼女にいかれてしまった) (2) She drives me out of my mind.(彼女は私が気が狂うほど夢中にさせる) (3) He's gone mad over her.(彼女に狂ったようにのぼせ上がっている) (4) I'm just wild about Harry.(ハリーにいかれちゃったの) (5) I'm insane about her.(彼女のことを思うと気が変になりそうだ) レイコフとジョンソンによれば、これらの恋愛に関する日常的表現を支えているのは、"LOVE IS MADNESS"(恋は狂気である) というメタファーということになる。もちろん、恋愛のメタファーはひとつだけではない。さらに、他の表現を見てみるとまた別のメタファーが浮き上がってくる。 (6) She cast her spell over me.(彼女は魔法のように私をとりこにしてしまった) (7) The magic is gone.(魔法がとけた) (8) I was spellbound.((恋の魔法にかかって)うっとりさせられてしまった) (9) I'm charmed by her.(彼女に魅了された) (10) She is bewitching. (彼女はうっとりされる) レイコフとジョンソンによれば、これらの表現を支えているのは、"LOVE IS MAGIC"(恋は魔法である) のメタファーということになる。さらに、次の例を見てみよう。
これらの表現を支えているのは、"LOVE IS WAR"(恋は戦争である) というメタファーであるが、先に紹介した筆者自身のパーティーでの体験を思い出していただきたい。その時、"shorten the leash"という表現を知らなかったにもかかわらず、即座に意味を推論して会話についていけたのは、レイコフとジョンソンの言う"LOVE IS WAR"に近いメタファー ―手綱で相手をコントロールしようとしたり、引き合ったりしたりする駆け引きとしての恋愛観― を筆者が無意識のうちに適用したからではないかと考える。 実は、異文化コミュニケーションの中では、こうした共通のメタファーが介在しているために、たとえ、それまでに出会ったことがない表現でも適当な推論と解釈が可能となったりするわけである。もちろん共通のようで実はニュアンスの異なるものもあり、大誤解を引き起こしたりするかもしれない。レイコフとジョンソンの著書の中には目新しい英語の表現が例として挙げられているが、メタファーのレベルで見てみると「英語にしかない」ものはそれ程多くないことに読者は意外な印象を持つであろう。表層の表現と底にある秩序の問題を複層的に考えていくと、外国語はもっと面白い。 【参考文献】
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「英語教育」2004年1月号 |
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